ラジオとの出会い
───野沢さんといえば、吹替えの他にもラジオで長年ご活躍されていらっしゃいましたね。
『ナポレオン・ソロ』が終わったのが26歳だったかな。もうアテレコはイヤだと思っていたところにTBSから「ラジオやらないか」って言われて。
それまでのラジオは全部台本があったんだけど、テレビ放送が始まって、ラジオの放送作家が全部テレビに移っちゃったんですよ。
で、ラジオはこれからどうしようってことになって、ディレクターも台本もなくて出演者に2時間半好きなことしゃべってもらおうってなった。いわゆる「パーソナリティ」の誕生です。
でも僕ね、今では信じられないかもしれないけど、赤面対人恐怖症っていうくらい人と話すのダメだったんです。スタジオでも「那智!」って呼ばれて「ハイ」って言ったあと口きけないの。
そんな僕が2時間半もおしゃべりするなんてとんでもない。だから当然、必死で断りました。
でも断っても断っても熱心に電話くださるんですよ。しょうがないからTBSに行って直接断ろうと思って熊沢さんって担当者の方に会ったんです。
この人がまた無口でね。おまけに「ラジオは好きじゃない」って。何だかいい人だなって、この人と週に一度会えるならやってもいいかなって思ってね。3ヶ月の約束でね。
そして初めての放送、バーンとテーマ曲が流れてキューが出たからしゃべろうとしたら、マイクの横の箱に赤いランプがパッと点いたんだよ。
ほんとはさ、始まる前に何かが起こって中止になればいいのになんて思ってたもんだから、思わず「故障ですか?」って言っちゃて。そうしたらチャコ(白石冬美さん)が「もう始まってんのよ」って。そのランプがキューだったんですね。それからもう、何しゃべったか全然覚えてない。
終わってからチャコの顔も、もちろんスタッフの顔も見らんなくて、TBSの下のおでんの屋台で明け方まで飲んで酔いつぶれて家に帰った。だってそのまま帰ったら寝らんないもん、悔しくて。
3ヶ月、しゃべれない自分を思い知らされました。見栄張って小難しい話ばかりしてたんですよ。それがわかって、もうクビになっても仕方ないやって、極めて日常的なことを話したら、熊沢さんが「それが聞きたかったんですよ」って。それから急に楽になって、話をするのが楽しくなったんですよね。
投稿ハガキも面白くてね、僕らが遊ばせてもらった。そしてそれが気がついたら15年続いてた。『ナッチャコパック』という番組です。
人との出会い
───淀川長治さんとご親交が深かったとお聞きしましたが。
「バイオグラフ・ガール(活動狂時代)」という有名な無声映画をテーマにしたロンドンミュージカルを基に、ミュージカル化した作品を舞台で上演した時に、淀川さんに前説に来ていただいたのがきっかけでした。
淀川さんは映画が好きな人だから、吹替えは嫌っているだろうなと思っていたんだけど、逆だったんだよね。淀川さんは吹替え版を観てくださっていた。この映画をどう捉えて日本語版を作っているかも観た上でじゃないと喋れないからって。
お会いしたらね「昔の映画はモノクロですから、字幕なんか入ったってチカチカして見えません。子供も映画を観るようになるし、奥さんが台所で料理しながらセリフを聞ける。そういう意味では、あなた方のやってることは非常に重要なんですよ。それで映画が好きになり、映画館へ観に行くようになってくれれば。そのキッカケ作りになっている仕事ですから、大事にやってくださいね」って。
淀川さんのあの言葉がなければ、ボクはアテレコ辞めちゃってただろうね。
───今までの吹替えのお仕事で、一番思い入れのある作品を教えていただけますか。
『ゴッド・ファーザー』『ダイ・ハード』でしょうね、やっぱりね。
映画の面白さ、演じることの楽しさっていうのを一番経験したのは『ゴッド・ファーザー』ですね。
最初はね、いい気になってやってたんですよ。どうだ、俺うまいだろうなんてね。若い頃。得意になってやってたの。
ところがニューヨークでアル・パチーノの舞台を観ちゃった。もうマシンガントークですよ。あんたどこで息吸うの? ってくらい。あれ観ちゃうといけないね。巨人ですよ、まさに天才、ほんとに。狂気の如き演技。
この人と同じ芝居なんかやれない、俺には。どうしたもんだろってすごく悩むようになっちゃった。でも同時にそれが面白いなって。
彼がやっている芝居を日本語でそのまま再現できたら、役者としても面白いし意味もあるんだろうなぁと。その頃から真面目に、一生懸命やるようになりました。それからは一作一作が闘いでしたね。
『ダイ・ハード』はねぇ、最初どうして俺のとこにこんな役がきちゃったのかわからなかったんだよね。
だって、こんな胸板で、こんな太い首してる。およそ体型違うじゃないですか。俺がどうやったらいいんだ、この男をってね。
そうしたら演出家が「僕は野沢さんを薔薇座からずーっと見ていて、貧乏クジ引いて苦労してるよなァ。ああ、こういう生き方してるのは『ダイ・ハード』だと。野沢さんならこのブルース・ウィリスの気持ちがわかるって思ってキャスティングしたんですよ」って。
───まさに〈生きざま〉キャスティングですね。
『ゴッド・ファーザー』の時もそうだったみたいだけど、周りはみんな反対だったらしいよ、制作会社の社長さんまでね。でも演出家は僕を推してくれた。そう言う意味で人に恵まれてるというかね、それでもってやってきただけですよ。