「声優の過去と未来を語る」
永井一郎(ながいいちろう)
─── 最初の仕事は『ローハイド』の
ウィッシュボーン役ですか?
いや、その前に『スーパーマン』。生放送時代だね。『ローハイド』はその後だった。
─── 当時、おいくつだったのですか?
『スーパーマン』が初仕事で25歳、『ローハイド』は28歳。「若いのに老け役を演るヤツがいる」って話があったようでね。実は最初はウィッシュボーンって名前じゃなかったんだよ。御者1って役で、「やあ!」だけで終わりの役だった。ところが、翌週も、そのまた翌週も出番があって、そのうち名前が付いてウィッシュボーン。「来週のスケジュール空いてる?」って聞かれた時に、もし旅公演なんかがあったら誰か別の人がやる事になっただろうね。本当にたまたま老け役を演ってたから入っただけ。それに、あの当時の役者たちは、声の仕事をあまりしたがらなかった事もあるかな。
─── 昭和53年くらいには、一週間の内に27本の外画が流れていたアテレコブームが到来していたそうですね。お忙しさは計り知れない程だと思うのですが、当時、声優の数はどのくらいだったのですか?
ある局などは、放送開始時間から終了時間まで、ニュース番組以外のプログラムは全部外国映画だった。それに対して役者の数は、150人くらいしかいなかったかな。「長尺(60分以上の吹替え作品)3本掛け持ち」なんて事もあったね。
─── 長尺3本!?
出番がない部分があるからという事で、その間にあっちこっちのスタジオを駆けずり回ってやってた。
─── 夜の番組の3分の1がアテレコ作品だったという記録が残るわけですね。ある意味、夢の様な話ですね(笑)。そしてそこから昭和48年の(出演料改善の)闘争へと向かう訳ですが、生活の状況は悪かったのですか?
もともと声優のギャラは物凄く安かった。そもそものきっかけは、僕たちのギャラは生放送時代が基準で「放送1回分の対価」だったのに、録音されるようになって再放送されても「再放送に対する対価」が支払われなかったからなんだよ。局が発行する領収書にね、本当に小さな文字で「一切の権利を放棄する」といった事が書いてあったの。だから「局が発行する領収書にサインしないように」って話が伝わった事もあった。再放送というものは、テレビに出演しているあらゆる人たちに影響を及ぼしてしまうでしょう? 大きな問題だから、それをクリアする為に運動が始まったんだよ。
─── 永井さんの目に、今の声優業界の状態はどの様に写っていますか? 例えば永井さんが作品を掛け持ちしていた頃に比べると、作品の数は雲泥の差で少なくなってしまっていて、地上波の吹替え作品は殆ど無いんですよ。
日本人は文化的すぎるんだよ。ヨーロッパもアメリカも、劇場やテレビは全部吹替え。声になってないと駄目なんだね。字幕を読む事に馴染みがないから。例えば、ゲーリー・クーパーが亡くなった時に、「これで私の一生の仕事は終わった」と言って引退したヨーロッパの声優がいるのね。要は、ゲーリー・クーパーの声「だけ」で食えたという事。だから向こうの声優というのは、ちゃんと成り立つ職業なんだよ。 あとはね、最近の外国映画は、わざわざ吹替えて放送する様な作品が少なくなってきてる気がするよ。これから暫くは声優はシンドイ時代に入ると思う。だけど「声優が食えなければ業界全体が潰れる」という言い方はできるんじゃないかな。だから業界全体で考え方を変えていくというのがひとつ。そしてもうひとつは、著作権法の中に役者の仕事も組み込む運動をやっていくべきだと思うよ。
─── これまで何度もルール作りの話し合いの場に出席して来ましたが、そのルールがどんなに素晴らしいルールであっても、活用する場が無くなってしまったら終わりですからね。 例えばさっき永井さんが仰っていた様に、日本語を大切にする意味も込めて、劇場でも放送でも吹替え版を必ず作ってもらう運動を行う必要などもあると思います。それでは、今後の音声業界のあるべき姿も含め、若い人たちにメッセージを頂けますか?
今は声優や業界にとって端境期にあると思う。地上波、CS、ひいては小さな携帯端末で何でも楽しめてしまうし、何が主流になってくるかわからない。形が随分と変わってくると思う。でも媒体がどんなに変わっても、外しちゃいけない事がある。僕たちは人間の事をやっているんだから、もっと人間の事を勉強しろと若い人たちに言いたい。人間をキチッと表現できる様になったら、お金だけに走ってる人々の意識も、ちょっとは変わるかも知れない。人間がキチっと表現できれば、どんな形の業界になろうが、業界全体が食える状態になれるんだという事に、自信を持ってもらいたいな。「仕事があって、金になってればいいや」って考え方だけは、やめてもらいたいね。問題が生じたら、しっかりと向き合ってきちんと話し合う覚悟は持っていてもらいたいと思っています。繰り返しになってしまうけれど、著作権を獲得する運動は諦めないでやり続けていって欲しい。
─── 最後になりましたが、声優アワード功労賞受賞、おめでとうございました。
長いことやってきたからだと思うのだけど、僕は主役なんて演った事ないんだよ。全部脇役だからね。声が良い訳じゃなし、テクニックがある訳じゃなし、よく平気で生きてきたと思うよ。だけど、僕にたったひとつ取り柄があるとするのならば、何も恐れなかった事。仕事の大きさも恐れなかったし、貧乏も恐れなかったし、どうなっても死にはしないやって思っていたから、闘争時代もゆとりがあった。固定概念にとらわれないで、物の見方を変える事は本当に大切だよ。駄目だったらやり直せば良いのだから、失敗を恐れないで自信を持って進んでください。何万人もが希望する職業なのだから、存在しているだけで自信を持っても良いんじゃないかな。
日本俳優連合外画動画部会機関誌『VOICE』Vol.38(2009年7月発行)より抜粋