平田広明さん×安藤瞳さんインタビュー

『アリス イン ワンダーランド』で共演された平田広明さんと安藤瞳さんにお話を伺いました。『アリス~』収録時の苦労話、吹替え版への思い、ここでしか読めない業界裏話まで盛りだくさん!最後までじっくりお楽しみください。

■『アリス イン ワンダーランド』との出会い

——『不思議の国のアリス』というお話はもともとご存知だったと思いますが、今回の作品を初めてご覧になったときの印象はいかがでしたか。
安藤瞳さん(以下:安藤) この作品はすごく映像がきれいで、花の中に顔があったりするのもアニメーション(ディズニー)のままだったので見ていても楽しめました。

ふきカエルインタビュー平田広明さん(以下:平田) ジョニー・デップは何度かやらせていただいてますが、最初は『エド・ウッド』でちょっとへんちくりんだと思ったのが、言葉少なく憂いを含んだちょっと色っぽい役をやるようになって素敵だなと思ってたんですよ。それが『パイレーツ』あたりから「あれ?」と思って、『アリス~』ではもう何がなんだか分からなくなって(笑)。彼は『アリス~』に明らかに何かを持ち込んでますからね。だから、どうすればいいんだろうと困りましたね。

——安藤さんはジョニー・デップとのからみで印象に残っていることはありますか?
ふきカエルインタビュー安藤 セリフを何度もリテイクしたけれども好きだったのは「あなたは完全におかしい、でも…いいこと教えてあげる。偉大な人はみんなそうよ」というシーンですね。アリス自身が父親に言われていた言葉を帽子屋に投げかけるんです。帽子屋とアリスって不思議な関係だったじゃないですか。恋人でもないし兄妹でもない、でも何かが絶対そこには流れていて。最後のシーンも私にはとても不思議でしたね。帽子屋が「君は戻ってこないんだね」と言うんですが、「結局どこに行くんだろう、帽子屋は」って。いろんな捉え方があっていいんでしょうけど、アリスにとって何かを共有できる人だったんだろうな、と思いましたね。

——平田さんは何本もジョニー・デップを演じてらっしゃいますが、今回のキャラクターづくりには苦労されました?
平田 見た目の異質なもの、突拍子もないものというのはそのままやればそんなに苦ではないんですが、「なんでそういうことをするんだろう」ということを自分の中に落とし込んでやらないと、作品を一本通してできないですからね。そうすると「ジョニー・デップという人は何をしたかったんだろう」というのを常にその作品で探します。作品によってはヒントがあるときもあるんですが、今回はとにかくキャラクターのインパクトに押されまして、キャラクターづくりというのはディレクターにおまかせした部分がありますね。

——ジョニー・デップを演じる際に何か特別なものはありますか。
平田 ジョニー・デップだから、というのは特にありませんが、長くやってるシリーズ物のような感覚はありますね。初めての役者さんじゃないので、「どうでるかな、こうきたか」というのは、裏切られることも含めてある程度想像がつくところがあるので、追いつめられることはないです。『アリス~』を除いては(笑)。『アリス~』はとっても怖かったです、やりたい放題という感じで。「ちょっと俺にも相談してよ」って思いますね(笑)。

——平田さんは他にもいろいろな役者さんを吹替えていらっしゃいますが、やりやすい役者さん、好きな役者さんというのは。
平田 セリフの少ない役者さんが好きですね(笑)。この人はこうやりたいんだというのが伝わってくる役者さん──マット・デイモンにしてもジョシュ・ハートネットにしても明らかにこちらに伝わってきますから。そうすると「だったら俺はこうやりたい」という自分の意思が乗せられる。吹替えはいろいろな芝居のなかでも特に制約が多い演技だと思うんです、まず画にあってなきゃいけないですし。それでもやっぱり「俺はこうやりたい」というものがないとただの通訳になってしまうと思うので、僕も一緒になって訴えかけたいと思いますね。
マット・デイモンでいえばボーンシリーズなんてスパイでセリフが少なくて大好きでしたね。彼の演技だけじゃなくて脚本やカメラも含めてなんでしょうけど、何をしたいかっていう意思と緊迫感が伝わってくるので、そこに自分を投影しやすいんですね。シチュエーションが自分の頭の中で理解できるんです。ストレートにメッセージが伝わってくるほうがやってて楽しいですね。
ふきカエルインタビュー

■好きな作品、好きな声優

——吹替え作品で好きなもの、印象に残っているものはありますか?
ふきカエルインタビュー安藤 私は『ER』が大好きで家族ぐるみで見ていました。だから平田さんと共演できてすごくうれしかったです(笑)。ほかにも『グレイズ・アナトミー』とか医療ものがすごく面白いですね。字幕でも見るんですがやっぱり吹替えのほうが面白いんじゃないかと思います。医療ものは医学用語が出てくるので、吹替えで音で入ってきた方がイメージがつきやすいと思いますね。

平田 医学用語は大嫌いですねぇ(笑)。10年やったからって言えるようになるもんじゃないですね、いつまでたってもダメです。でも『ER』は衝撃的でしたね、あのスピード感とリアリズムと。誰一人、ドラマ的に泣かないというか──例えばそれぞれの患者や家族がものすごいものを持ち込んでくるけれどもいちいち付き合っていられない。カーターなんかは最初はいちいち傷ついたりしてたんですがそれじゃやっていられない。あとからあとからどんどん押し寄せてくるリアリズムとスピード感に圧倒されました。ドラマ的に泣いてる暇がないというか。すごく社会派ですね。オーディションのときは半ページくらいの患者の所見をバーッとやらされて、絶対受かりたくないと思ったんです、こんなの毎週やってたら舌が何枚あっても足りないと思って(笑)。でも最初の1本目をもらって見たときに「何なんだこれは!なんてドラマだ」とびっくりしました。向こうの人も本当にリアルなお芝居を要求されてますし、カーターに限らずみんなうまいなぁと思いましたね。いま日本のドラマもかなり医療ものが増えていますけど、かなり影響を受けているんでしょうね。
あとは『フレンズ』なんかも好きですね。『フレンズ』も『ER』も吹替えのほうがいいんじゃないのかな。『フレンズ』みたいなコメディに関しては、同じ環境で同じレベルの人たちがそのネタで笑えるということ、そのシチュエーションが伝わってくることがとっても大事だと思うんです。『フレンズ』で共演した水島裕さんは、面白くするために毎週とても苦労されてましたね。僕が受ける場面では僕のセリフは一切変えないですむように自分でギャグを作って、なおかつ口パクに合うようにというのを10年間ずっとなさってました。

——好きな声優さん、目標にしたい声優さんはいらっしゃいますか。
安藤 本田貴子さんですね。声の仕事をし始めてから本田さんのことを知ったんですが、CMでも声だけですぐ分かって、何回かご一緒させていただいたときに「素敵だな」と思って。違和感がないというか、その声がその役者さんの声に聞こえてしまうような魅力があるなぁと思いますね。

ふきカエルインタビュー平田 たくさんいらっしゃるんですが、千葉繁さんがとっても好きですね。あの方はまた、台本に「ないことないこと」おっしゃるんです(笑)。ふざけてやってるのかと思ったら真剣なんですよね、あんまりスタジオで冗談いったり笑ったりしないんですけど。テストとラステス(最終テスト)、セリフを変えるのはいいんですけど本番でまた違うことを言うんです、本番では笑えないのに。「(吹き出しそうなのをこらえる演技をしながら)テストかラステスのどっちかのやってくれよ!」って思うんですけど。真顔でアドリブを考えてる。ふざけるっていうのは真面目にやるもんだなと思いました。悩んで苦しんで生み出してる。で、出てきたアドリブは「そんなしょうもないことかい!」みたいな感じで(笑)。とってもいいですね、なんだか。人が見てないところで汗かいてるっていう(笑)…尊敬に値しますね。
あとは亡くなっちゃったんですけど小池朝雄さん。僕がもうすぐ劇団にあがるよ、というときに亡くなっちゃったんです。彼のコロンボが吹替えをさせていただくうえでの目標ですね。『刑事コロンボ』を原音で見たことがあるんですよ、ピーター・フォークを。ちっとも似てない(笑)、コロンボに。あのくらいになれたらすごいなぁと。原音で「My wife?」とか言ってるけど「うちのかみさん」って言ってくれないと困るなぁみたいな。必ずしも忠実だけである必要はないってことですよね。それがコロンボのクオリティを下げたかというと少しも下げてない。そんな小池さんみたいな当て方ができるようになったらいいな、と思いますね。

■吹替えへの想い

——お二人とも劇団で舞台のお芝居をやってらっしゃいますが、声のお仕事に入られたきっかけはどんなことですか。
平田 僕は当時のマネージャーに「興味があるか」と聞かれたので「はい」と言ってオーディションを受けさせてもらったのが最初ですね。

安藤 私もオーディションでした。

——初めて吹替えをやったときはいかがでしたか。
安藤 最初は何がなんだか…。“尺”とか“口パク”の意味すら分からなかったので難しかったですね。でも同時にすごく面白かったです。普段自分では全然できない役をできるというのはすごい魅力だなと思いました。年齢的にも本当に10代からおばさんまでできるし、スパイとか舞台の上ではできないことも声だけだったら出演できますから。でも先輩に「死ぬほど練習しろ、100回やれ」って言われました、慣れるまで。それで最初はほんとにやりました。

ふきカエルインタビュー平田 いい先輩ですねぇ。僕に最初の頃教えてくれた先輩は「いいんじゃない。飲み行こ、飲み。」でしたからね、名前は出しませんけど(笑)。「だいじょぶだいじょぶ、あとは元気よくやって飲み行こ」で何も教えてくれない(笑)。100回やれっていってくれる先輩が欲しいです。15、6年やってやっとです、数をやらなきゃダメだと気づくようになったのは。

——それは何かきっかけがあったんですか?
平田 時間の流れもあるでしょうね。あとはお世話になってる業界での自分の居場所とか立ち位置とかを考えて「俺はこのくらいやってきたならもっとうまくなってなきゃいけないんじゃないかな」とか「どうすればうまくなるのかな」ということを漠然と考えているんです。
いつもどこで自分でOK出しているのかなと考えたときに、口パクが合って、難しい医学用語もスラッと言えるようになって、なんとなく画(え)の雰囲気が出せるようになって、OKだな、と思って。でもそれでいいのかな、とふと思うようになりました。あるとき100回とは言わないまでも飽きるまでやってみようと思ったらいつまでたっても自分のお芝居が落ち着かないんですよね、いろいろなパターンが出てきて。さっきのでもOKなんだけれどもこういうニュアンスも合うし、前からの流れからだとどうなのかな、ということを考え始めたんです。それまでは生(なま)での、ここ(スタジオ)での会話というのがとても大事だと思っていたので、あんまり家で作っていってもそれは良くないことだと思っていた時期もあったんです。でもちょっとそれは投げ過ぎなのかな、と。あとは自分のやったものを観て「最初に見たときの印象はそれか?」みたいなことを思って。僕は「第一印象」というのはとても大事だと思うんです。自分の見た感動を伝えたい、「僕の好きなジョニー・デップはこうなんだけどどう?」というのが声優ののせるメッセージだと思うんですけど「ほんとにそれ、みんなに見せたいジョニー・デップなの?」と──ジョニー・デップに限らずですけど──思い始めて、じゃあリハーサル増やしてみようかなと思ったらだんだん少ないリハーサルだと不安になるようになってきて。でもまだ「よし、これでOK」というリハはしたことがなくて、どこかで妥協しますけども。

——舞台のお芝居は1ヶ月、2ヶ月という長いスパンで役を作っていくわけですが、声優さんのお芝居というのはそれとはまた違いますか。
ふきカエルインタビュー平田 共通なんじゃないですか、ほとんどのところが。例えば10ステージの舞台で初日に100%のものを持ってこなくてはダメですが、10ステージ後の千秋楽には変わっていて当然ですし、何年がかりで旅公演に行って100ステージやったら100ステージ目は変わってますよね。『ER』のカーターは11シーズンでほとんど出番が終わったんですが、最終シーズン、4年ぶり位にポツポツとカーターが出てきました。しばらく離れていた不安もありますけどもそれまでやってきたものというものは確実にあるわけですし、初めてノア・ワイリーを当てるという心境とは違います。何かあるんですよね、いままで培ってきたもの、その結果みたいなものが。それはいまやらせていただいているシリーズ物でもそういうのは必ずあると思うんです。単発の作品でも、リラックスしながらも自分のいまできるクオリティの高いところに持って行くにはどうしたらいいのかな、というのは最近ありますね。

——出演される方が別々に録る場合もありますが、皆で一緒に録りたいと思われますか。
平田 基本的にはそうですね、作品によりけりですが。会話劇などは一緒がいいですね。ひとつのシーンの中で語り合ってて感情の変化があるときは、やはり生(なま)の日本語を聞いて動かされたいし、自分も動かしたい。視聴者として見ているときにはそういう作品のほうが面白いですからね。

ふきカエルインタビュー安藤 どれだけ練習しても相手役の方の言い方によって「全然違う声が出た!」みたいなこともあったりして、そういうときに、あまり納得いってなかったのに「ああ、こういうことだったのか」とふっと納得したりしたこともあったりしてそれはすごい面白いですね。楽しいですね、やっぱり「一人でやってないな」っていうのは。

——かつてベテラン俳優さんの中には、声の仕事をやることに違和感をお持ちの方もいらっしゃいましたが、おふたりはいかがですか。
平田 僕が仕事を始めた頃も、吹替えを「役者のやる仕事じゃない」みたいにおっしゃる方はいましたね。右も左も知らない頃にそう言われると「そうなのかな」なんて思っちゃいますよね。いまはゼロではないまでもずいぶん減ってきていると思います。昔は舞台を挫折した役者が声の仕事に流れてきたということも多かったらしくて、「志を捨てて声に身を売ったんだ」とくやしがってやってらした方も大勢いたように聞いてます。でもその「なにくそ」というところで作り上げてきた世界だと思いますし。
昔ある方に「吹替えなんかやるな、セリフがアテレコ調になる」と言われたことがあって、悔しいけど確かにそうだと思うときもありました。当時は何回もリテイクできなくて1回で録らなきゃいけない。そうすると、尺に合わせるために最初は早口でしゃべってあとはゆっくり向こうの役者の口が閉じるまで引っ張る、みたいな独特のアテレコ調がどうしてもできちゃう。でもいまはいくらでもリテイクができますから。「アテレコやると芸が荒れる」といまだに言う人もいるんですけど「小池朝雄の芸が荒れてましたか?」って僕はいつも思うんですよ。アテレコやってたおかげで芝居の幅が広がるということはあっても、それが舞台での芝居の足を引っ張ることは一切あり得ない、というのは何年か前に確信しました。

安藤 私も先輩からは「声芝居になっちゃうんじゃないの」みたいなことを言われたこともありました。でも私としては舞台と声の仕事とで稽古の仕方は変わらないですし、同じくらい稽古して同じくらい台本を読むということはしますから。
自分が普段全然やらない役を当てられるということはむしろ勉強になるんじゃないかな、と思っていて、いま平田さんのお話を伺って嬉しかったし、やっぱりそうだなと思いますね。私は芝居の根底にあるものは一緒だと思っているので、そこからいろいろ学んでいけたらいいなと思います。

■吹替えは「日本語文化」

——今回の「ふきカエルキャンペーン」を始めるにあたって、「日本語文化を守ろう」というのもひとつのテーマになっています。おふたりの好きな日本語を教えてください。
安藤 英語に訳せない「もったいない」とかですね。あとは日本語の擬音語が好きですね。「ドキドキ」とか「ワクワク」とか。英語だと「おなかの中にチョウチョがいるようだよ」みたいな言い方をしますけど、「ドキドキ」「ワクワク」っていうほうがよっぽど伝わるしイメージしやすいですよね。
日本語っていいなぁって思いますね。

平田 お行儀いいことを言うようですけど、僕は「ありがとう」という言葉はとってもきれいな言葉だと思うんです。「有る(ある)」ことが「難し(かたし)」というのが語源だそうで、「ほんとだったらあり得ないこと」なわけですよね。語源がいまの「ありがとう」という意味とちょっとずれているのも面白いですしね。
日本語というのは丁寧語とかいろいろな分類があって、同じ意味でもいろいろな表現方法があるじゃないですか。「Thank you」でも「I’m sorry」でもいろんなふうに訳せますし。そういう直接、感情に係わる言葉っていうのはいい言葉がたくさんありますね。
日本語版の台本を作るのは大変で難しいでしょうけど、その分、練って作ったセリフというのはとってもきれいな言葉になり得ると思います。

——セリフとして心に残っている言葉はありますか?
ふきカエルインタビュー平田 日本語版ならではの素敵さといったら「うちのかみさん」に通ずるもので『パイレーツ~』の「おわかり?」。あれが浸透していってもらうと吹替えをやっててよかったな、というのがありますね。日本語独特の言い回し…僕の場合は「おわかり?」かな。あれも『アリス~』ほどではないんですがジョニー・デップが特殊な演技をしていたので、最初に20テイクくらいかけてキャラクターをつくりました、あの独特の口調を。それはとってもありがたかったですね。『パイレーツ~2』を録るときに「平田さん、すっかり(口調を)忘れたね」って言われましたけど(笑)。
『パイレーツ~』は「おわかり」含めて、けっこう言い回しや言い方とかは最初に作り込みましたね。丁寧に時間かけてやっていただけたっていうのはとっても嬉しいですね。『パイレーツ~』も基本的に別々に録ったんですけど、やりとりが多いところは絡みの多い役者さんをスタジオに呼んでくれて一緒にリハーサルさせていただいたこともありました。そういうディレクターさんからもらう厳しいダメ出しは、ちっとも苦にならなかったですね。

安藤 『アリス~』の中で、不思議の世界に入った瞬間のセリフが台本とは変わったんですが、ディレクターさんに「言ってみて」と言われたのが「へんてこりんのぽんぽこりん」だったんです。不思議の世界に入って最初の印象を、「へんてこりんの…ぽんぽこりん?」と一言で表したそのセリフは印象に残ってますね。

■名優・野沢那智

——平田さんは何度か共演されていると思いますが、野沢那智さんについて想い出をお聞かせください。
平田 想い出を話すにはまだ早いというか…とっても悲しいです。
声のお仕事をさせていただくようになって、まだペーペーの頃から一人前の役者として扱っていただいてすごく嬉しかったです。すごい自信になりますよね。大御所に名前を呼び捨てにされるというのはとっても嬉しいですね。「平田、芝居やってんのか」って。何本かご一緒させていただいてますが『フェイク』のときにくたびれきったアル・パチーノをやられて、これがまた素敵でしたね。これはやはり一緒に録らないと、那智さんの「圧」が直接ないとできないだろうなと思いましたね。
2000年になる頃に『木曜洋画劇場』で「20世紀名作シネマ」として昔の名画を録り直したんですが、『スケアクロウ』で僕がアル・パチーノをやらせていただいたんです。でもアル・パチーノをやったというよりも那智さんをやらせてもらった、みたいなイメージでとっても嬉しかったです。まだまだ教えてもらいたいことがたくさんあったんですけどね。

——実際にスタジオで対峙して役をやっていくと何か伝わってくるものはありました?
平田 独特のものがありましたね。那智さんがしゃべり始めるとそれがアル・パチーノだろうがなんだろうが那智さんになってしまう。最近はブルース・ウィリスがお気に入りだったんですよね。いいですねぇ、那智さんのブルース・ウィリス。抜け具合とか。特に『ダイ・ハード』なんかは普通に真面目にやってるのにどんどん不幸なほうに追い込まれていくブルース・ウィリスの情けなさが(笑)。ブルース・ウィリスじゃなくて那智さんの『ダイ・ハード』が面白いですね。そういうふうに僕もなりたいんですよ。小池朝雄さんのように野沢那智さんのようにならなくちゃいけないので、まだまだ教えていただかなきゃいけなかったんですけどね。

——平田さんも若い人から見るともうそういう存在になりつつあるんじゃないでしょうか。ふきカエルインタビュー
安藤 そうですよ。

平田 だからだから!年齢的にはそうだから!中見が追いつかないとねぇ。だって『アリス~』は一緒に録ってないからどれだけトチったか知らないでしょ?

安藤 でも他にも何本かご一緒させていただいてるんです。

平田 他のは見られてるんだよね。すみませんでした(笑)。

■「平田流」吹替えの見方

——役者さんは吹替えを見ることに抵抗感がある方がいるみたいですね。
平田 他の人の作品は大丈夫でも、自分のはだめですね。特に昔にさかのぼればさかのぼるほど下手くそで。
あるときずいぶん昔の作品を「これ、素敵な作品なんだよなぁ」って観てみたら、自分のセリフを2~3行聞いてやめました。「こんな下手かよ」って。

——やり直したいと思う作品があるということですか。
平田 キリがないですね。
舞台はある意味残らないですが、吹替えは残りますよね。テレビではよく役者さんが売れない時代に出演したものや何かを引っ張りだされたりしますけど、でもそれは仕方ないですよね、残るものを仕事に選んでしまったんだから。でもそのときにそれをやっておかないと「いま」はないわけですから。それを甘んじて受け入れるしかないんですけども!「それにしてもひどいんじゃないか、おい!」「誰だ?OK出した監督!」なんて人のせいにしたりして(笑)。一番最初にゴールデンのオンエア見たときに……けっこう大きな役をいただいたときなんですが、終わる頃には喉が枯れてました。「違う!タコ!」「バカ!」「CM、CM!」なんて八つ当たりしたりして、終わったときには声がガラガラでした(笑)。
これはおススメなんですけどもね、録画しないでオンエアをオンタイムで見るととっても反省材料になる。できる限り時間を作って9時にテレビの前に座ってね(座る仕草)、翌日、朝から仕事があるときは声が枯れちゃうからのど飴なめながら。一生懸命やって、まあまあできたかな、なんとかついていけたかなという思いをことごとく裏切られたのと、「自分はもっとうまいと思ってたのか?」っていうのと…。そこから始まって「OK出しやがったな、監督!」みたいな(笑)。勉強のために観たほうがいいんだけど、本当に健康なときじゃなきゃダメですね。ちょっと落ち込んでる日なんかに観ると、「もうやめよっかな…」ってなるときもあるので。

——それは常に不安と背中合わせということですか。
ふきカエルインタビュー平田 できあがったものに関してはですね。役者としての見方というのはまだまだ青いところはありますけども、向かってる方角としては間違ってないな、というのはこの数年思っています。その中で「それにしても今回のは下手だったな」とかそれぞれの反省はありますけれども、相当へこんでも「たぶん俺、やめないんだろうな」という方角だけがぶれずにいればいいのかな、と。
あとは歳をとればとるほど感動もしなくなって傷つきもしなくなるんでしょうけども、それに抵抗したいですね。いつまでも感動していつまでも傷ついて、言われたことに落ち込んだり…ってしていかないと磨いていけないのかな、という気がしますね。
だんだん年齢がいってくるとダメ出ししてもらえる機会も少なくなってくるので、自分でそういう環境を作っていくようにしたいですね。

——安藤さんはご自身の「方角」についていかがですか。
安藤 いまはなんでもチャレンジしたいときなので吸収できるものは全部!吸収したいです。『アリス~』のミア・ワシコウスカさんにもどんどん出てきてもらって当てられたら幸せですね。役者を続けている以上は声の仕事もやっていきたいですね。欲張りに生きていきたいです(笑)。

■未来の声優さんへ

——このサイトを見に来る方は声優志望の方も多いと思うのですが、そういう方たちへ一言。
平田 僕は声優が増えるといいと思いますね。もっともっと僕らも競争したほうがいいような気がします。もっともっと中が熱くなったほうがいいと。そうすると居心地は悪くなるかもしれないですけど、全体的にみんな少しお尻に火がついてたほうがレベルアップしていくとは思うんです。一言で「こういうところだからおいで」とか「来るな」とか言えるような世界ではないから、来るものは拒まず去る者は追わず、ですけど。興味を持ってどんどん来ていただいて、層が厚くなることは大歓迎ですね。

安藤 私自身、まだ若手のほうなんですが…面白い世界だと思うので食わず嫌いにならないでチャレンジする価値があるんじゃないかと思います。「舞台だけ」とか「テレビだけ」じゃなくて。すごく面白い世界ですよっていうことだけですね。

平田 僕は吹替えは職人技だと思ってるんですよね。向こうの役者より前に出てしまわない方がいい。そういう意味ではすごく地味な作業ではありますけれども、5年10年で覚えきるような、できるようなものは、吹替えの声優に関してはないと思いますね。で、それをつかんだところでたいした脚光も浴びないという…(笑)。そのかわり、はまると面白いですよね、きついですけども。その面白さを自分で見いだせたらはまっていくだろうし、そういう人たちが個性的な声優さんとして増えたらとってもいいでしょうね。

ふきカエルインタビュー安藤 一度にいろいろな役者さんに会えるのが素敵ですね、若手からしてみると。一斉に録るじゃないですか、そこで先輩の役者さんたちのお芝居を生(なま)で見られるというのがすごいラッキーだなと思います。

平田 ああいいですね。それは確かにそうですね。

安藤 いろいろな劇団や事務所の方もいらっしゃって「せーの、ドン」でやるじゃないですか。それがすごい魅力だと思いますね。練習のとき、自分のセリフ以外も自分なりの言い方を考えながら台本を読んでいくんですが、現場で他の方が演じられるのをみて「こんな言い方するの!?」みたいな驚きとかありますからね、自分の中にはないようなお芝居に。

平田 早く歳取りたいと思いますねぇ、ベテランの方が当てたのを聴くと。先日、富田耕生さんが『ER』にゲストでいらしたんですよ。その声を久しぶりに聞いて「ああ、歳くいてぇ」と思いましたね。『ER』はまじめなお芝居なんですけど、どっかほんわかしててこれがまた素敵なんです(笑)。そういうのを見てても「歳くいてぇ」と思いますね。ベテランの方々、みんな素敵ですね。

——平田さんもそこへ向けて。
平田 もう少しがんばりま~す(笑)。

——本日は楽しいお話をありがとうございました。
ふきカエルインタビュー

 
 
プロフィール
ふきカエルインタビュー平田 広明(ひらた ひろあき)
1963年8月7日生まれ、東京都出身。昴演劇学校を経て劇団昴に所属。1986年『夏の夜の夢』で初めて舞台に立つ。その後、芝居はもちろん洋画の吹替えやアニメ、ナレーション等でも活躍中。ジョニー・デップ、ジョシュ・ハートネット、マット・デイモン、ジュード・ロウ、エドワード・ノートンなど数多くの映画俳優吹替えを手がけている。

【劇場版】『アリス・イン・ワンダーランド』、『パイレーツ・オブ・カリビアン シリーズ』、『ボーン アイデンティティ シリーズ』 他多数 【海外ドラマ】『ER緊急救命室』(ジョン・カーター)、『CSI:ニューヨーク』(ダニー・メッサー)、『フレンズ』『ジョーイ』(ジョーイ・トリビアーニ) 他多数 【アニメ】『ONE PIECE』(サンジ)、『魍魎の匣』(京極堂)、『怪談レストラン』(お化けギャルソン)、『リタとナントカ』(ナントカ)、『NARUTO~ナルト~』(不知火ゲンマ) 他多数
平田広明 OFFICIAL WEBSITE

ふきカエルインタビュー安藤 瞳(あんどう ひとみ)
1981年12月24日生まれ、神奈川県出身。青年座研究所卒業(31期)、2007年4月1日から劇団青年座に所属。2001年『さよならノーチラス号』で初めて舞台に立つ。 『アリス・イン・ワンダーランド』では主役の座を射止めた。

【劇場版】『アリス・イン・ワンダーランド』(アリス)、『エアベンダー』(ユエ姫) 他多数 【海外ドラマ】『ヒーロー』(チュ・ジェイン)、『華麗なる遺産』(ソヌ・ジョン)、『タルジャの春』(チャン・スジン)、『アグリー・ベティー4』(リリー) 他多数 【アニメ】『8月のシンフォニー』(梅沢 泉)
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