「小学生の自分にお前がこの吹替版を作るんだよって言っても、絶対信じないでしょうね」吉田啓介さん:吹替キングダムインタビュー第3回(全4回)

「ふきカエル大作戦」時代のコラムでお馴染みの吉田啓介さんに、Mr.ふきカエルが、吹替えにまつわる様々な、あんなことやこんなことを伺いました!
さらに、「吹替キングダム」のXアカウントから募集した、皆さんの質問も吉田さんにきいちゃっています!
 
超ロングとなったインタビュー、第3回目です、どうぞお楽しみください!
 


今回は吉田さんが演出家となったお話し、演出家のお仕事内容、キャスティングについて等さらに深く伺います!


 
Mr.ふきカエル:数々の映画、テレビシリーズ担当を経て、演出家になられるわけですが、もともと演出家希望だったのでしょうか?
 
吉田さん:会社に入った時点で演出をやりたいとは言ってたんですけど、 まだまだ勉強が足りないからダメって言われていました。制作を5、6年やったあたりで、当時グロービジョン含め吹替版の世界ではディレクターという仕事は専門職だったんですけど、当時のうちのボスが「これから先はそういう時代ではない」と。「色んなことが出来なきゃいかんだろう」ってことで、演出もやってみろとなりました。それからは二足のわらじで、制作と演出と両方を随分長い期間やっていましたね。
そのうちに会社の規模も大きくなって、制作も人員が増えるんですけど、一時期は自分で制作をやりながら、やりたい作品の演出もやらせてもらっていたりしていたので、本当にもう寝る時間もないぐらいの時期もありました。
 
Mr.ふきカエル:最初に演出をされた作品は?
 
吉田さん:昔は、シンジケーションって僕らは呼んでいたんですけど、いわゆる配給元、テレビ局ではなくて配給会社、例えば当時だったら日本MCA(ユニバーサルピクチャーズの日本法人)ですね、それからフォックスとかワーナーといった配給会社の日本法人が、自分でお金を出して日本語版を作ってから、それ込みでテレビ局にセールスするっていう作品があったんですよ。例えば大きい作品だったら、当然局の方も自社オリジナルの吹替版を作りたいので、その場合、配給会社は放送権だけを売って、局が吹替版を作る。これが一番ポピュラーなパターンなんですけど、中には「もう吹替版が出来ていますから、吹替版付きで売ります」っていう作品もあったんですね。それがシンジケーション作品。
特に短い30分の作品は、いわゆる全国放送のキー局は買わなくて、ローカルの局だけで放送してるようなものがありましてね。それで、「ホーボーの冒険」という、映画の『北国の帝王』にも出てくる、浮浪者という意味のホーボー、このドラマでは犬なんですが、その犬があちこちを放浪しながら、行った先で色んなストーリーがあるという、昔のアメリカの「名犬ロンドン物語」もそうですけど、色んなところを犬がさまよい歩くという、一話完結の30分シリーズ、それが初めての作品でした。
舞台が毎回変わるので声優さんも変わって、その度にキャスティングしながら。シンジケーション用の配給会社制作でしたので、まるっきりこちらにお任せでした。当然予算もないですけどね。でも誰からも何も言われずに、自由に作っていましたね。
 
Mr.ふきカエル:『特捜班CI-5』もシンジケーション制作でしょうか?
 
吉田さん:CI-5は僕が入るちょっと前ですがインタービジョン制作だから、これもお任せかな。ただ、お任せと言いつつも、やっぱり配給会社が吹替版付きで作品を売るという話なので、『CI-5』ぐらいの作品だと、それなりの声優さんで作品に箔をつけようというのはあって。森山周一郎さんと、若本規夫さん、野島昭生さんを起用しました。まだ若本さんと野島さんは新人に近かった時代ですけど、森山さんはすでにコジャックの声でも有名でしたね。
その流れで言うと、その作品の後、最近デンゼル・ワシントン主演で『イコライザー』という映画にもなったMCA作品の『ザ・シークレット・ハンター』というエドワード・ウッドワード主演のシンジケーション作品をグロービジョンで制作しました。ほぼ主役が一人で、見た目がおじさんだからちょっと華がないんですよね(笑)。それで、吹替えの売りになる人として、ディレクターが黒沢良さんを起用しました。黒沢さんなら大御所ですから、どこに出しても恥ずかしくないということで。結局、テレビ朝日で放送されましたかね。
 
Mr.ふきカエル:何本か見た記憶があります。
 
吉田さん:脇役でいる若い相棒みたいなのがまだ新人の堀内賢雄さんだったんです。
 
Mr.ふきカエル:その頃にもグロービジョンさんにもベテランの演出家、左近允洋さんや壺井正さんがいらっしゃったと思うんですけど、徒弟制度のように、誰かについて学ぶことはあったのでしょうか?
 
吉田さん:制作をやっていると当然現場にはずっとついていますから、門前の小僧みたいなもので。 中身は全部把握しますし、当時の「ホーボー」とか、僕が初めの頃に担当した作品を見ると、 キャスティングが、やっぱり師匠というか、左近允さんだったり、岡本知さんだったり、壺井さんが起用されるキャストのままなんですよね。
今みたいに声優さんのボイスサンプルがネットにいっぱいある時代じゃないので、声優さんの声ってスタジオで生で聞くしかないですからね。加えて当時僕らは自分の所属会社のディレクターの仕事しか知らないんですよ。例えば、東北新社さんの現場には行かないから、東北新社制作の吹替えでどういう方を使っているかっていうのは、出来上がったものをテレビで観て、最後のクレジットを見ればわかりますけど、誰がどの役まではわからない。そうなると結局、自分がスタジオで聞いたことある方になるんですよね。
あとは、こういう迷った時に、声優のマネージャーさんが頼りになるんだなっていうのも、だんだん覚えていきました。
 
Mr.ふきカエル:マネージャーさんからの提案もあるのですか?
 
吉田さん:ありますね。
 
Mr.ふきカエル:こういう人がいるんです、という提案ですか?
 
吉田さん:そうです。それがマネージャーさんの仕事でもありますし。自分のところの役者さん以外も、マネージャーさんは色んな現場に出入りしてますから、 ご存知なんですよね。
マネージャーさんたちもお互いのネットワークをお持ちで、どこそこにこういう役者さんがいるよ、というのは、多分お互い様でご存知だと思うんですよ。
 
Mr.ふきカエル:なかなか大らかな時代ですね。
 
吉田さん:今でもそうですよ。こういう方がいますよっていうのは、よそのマネージャーさんでも普通に知っていますね。
 
Mr.ふきカエル:演出家の具体的な仕事を教えてください。
 
吉田さん:まずはキャスティングですね。さっきも言ったように、プロデューサーの意向がある時もあれば、こちら側、制作会社で選ぶときもあれば、最近多いのは候補をあげて本国にボイスサンプルを送って本国で決めるっていうケースもあります。色んなやり方がありますけど、まずはキャスティングですね。
それが終わって、次は翻訳が上がってきた時点でチェックをします。言葉の言い回しとか色んなところを、もうちょっとこんなふうにしたいというのを自分(演出家)で直しちゃう時もありますし、ちょっとここの意味がいまイチ伝わりづらいから、なにか他の案がないですか?って翻訳者さんに戻したりする作業があります。
あと手間がかかるのは残りのキャスティングですね。メインどころは当然、先に決めるんですけど、例えば、男1とか 警官Aとか、脇のキャラはものすごい数があるんです。初めに観ただけではわからないので、全部の翻訳が上がった時点で翻訳者さんがセリフのある役を全部書き出してくれる、それが香盤表ですね。喋ってる人がもう何十人の場合もあって、そのキャスティング。脇役の人には兼ね役と言って一人5~6役をやってもらうのですが、これを割り振るのが結構大変で。もちろん性別も年齢もバラバラなんですよね。
だから、例えば男Aに声優aさんを振って、ちょっと離れたシーンの警官Aに同じaさんを振りました。それが物語の最後になって、その男Aと警官Aが会話を始めちゃったりすることがあって(笑)、同じ人だとまずいので振り直そう、とか。登場人物が多いと結構大変になりますね。アクション映画だと、例えば蹴られて「うっ」ていうだけの役が男1から30ぐらいまであったりとか、そんな作品は結構手間がかかります(笑)。そこまでやって、やっと台本が出来上がって、印刷に出せるんですね。
その前に、当時の放送用の場合はカット、放送枠に合わせてカットをしなければならない。 これが作品によっては大変で。ゴールデンタイムの作品だと打ち合わせが必要で、局のプロデューサーと一日がかりで、ここを切って、そこを切ってみたいな内容の打合せでした。その際に民放の場合はCM跨ぎっていうものがありましてね。CMの間にチャンネルを変えられないように、いいところで次へ、っていう編集ですね。これテレビ用のドラマだと楽なんですよ。もともとオリジナル版もCMが入るように作ってあるので。
でも映画だと、もちろんそんなことは気にしていませんから。キリはここがいいんだけど、 まだ始まって10分しか経ってない、10分ではCMを入れられないとかありましたね。結構大変でした。
 
Mr.ふきカエル:それをプロデューサーと打ち合わせしながら切っていったのですか?
 
吉田さん:そうですね。『コロンボ』が新シリーズになった時に、日テレさんの放送なのでCMが入るじゃないですか。そのCMに入るまでを1ロールとして、「ロール分け」をするんです。で、『コロンボ』はそもそもテレビドラマなので、オリジナル版ですでにロール分けがされている。大体1ロール目で犯罪が起きて、そこでCMが入って、2ロール目の頭にコロンボが登場するんですよ。でも日テレさんとしてはやっぱり主役のコロンボが登場する前にCMに入りたくないと。それはごもっともですよね、民放番組として。だから、そこのCMタイムは無くして次のロールをくっつけて、コロンボが出てきてからCMに入りましょうと。でもコロンボが出てくるとね、しばらくCMに入れないんですよ(笑)。
 
Mr.ふきカエル:始まってからCMに入るまでが長い時もあったんじゃないですか?
 
吉田さん:長いと30分ぐらいですね。あれは結構苦労しましたね。
 
Mr.ふきカエル:たまにありますね、まだコマーシャル入らないのって。こっちの方がやきもきしてしまうという。
 
吉田さん:だからその分、後半になってくると、10分経たずにCMを入れないと間に合わないとかありましたね。そんなふうにロール分けは大変でした、カットも含めて。それが終わってから、台本が上がってきて。
そのあとは当日までに収録の段取りを決める。昔は、朝から夜まで順番に収録すればよかったのですが、今はコロナ禍の影響もあったのと、収録がとても細かく出来るように機材が進歩したので、必ずしも出演者が一堂に会さなくても収録が出来るようになったんですよね。
昔は全員で一緒に収録せざるを得なかったのですが、今はキャラごとに台詞を分けて細かく録れるんですよ。分けた方が演者もやりやすいし、僕らも録りやすいっていうところもあるんですよね。例えば6人が同時に喋っていたら、3人ずつに分けた方がやりやすいと。そういう段取りを収録前に組み立てるわけです。
この人とこの人とこの人は一番よく会話をしてるから三人だけ先に呼んで。残りの人は待っててもらうのもなんだし、スタジオに来るのはもう少し後でいいですよということが出来る。結果として、その役者さんのスケジュールが丸々一日空いてなくても、 午後二時からならスケジュールが取れます、じゃあそこで来てくださいということも出来るようになりました。そういうのを色々考えて、組み立てて。これは、今でも結構重要な仕事ですね。
 
Mr.ふきカエル:昔は、朝から晩までかけて一本の映画の吹替えを収録していましたけど、現在、スタジオで収録する時間は減っているのでしょうか?
 
吉田さん:トータルだとそんなには変わらないと思います。機材の進歩で早くなった代わりに、前述のような別録りで同じシーンを二回三回と回すことも多くなったので。昔はテープを巻き戻す時間もあったりして大変でした。フィルムの時代は特に、巻き戻しなんか簡単にできませんから。
もっと昔だと、1ロールが例えば15分だったら、流し始めたら途中では止められない、最後の最後で間違えたら、頭からもう一回やり直し、みたいなことをよくベテラン声優さんから聞きますよね。その時代の「全員揃って朝から晩まで収録」という時代の名残は結構後まで残ってて。未だに覚えてるのは、『プレデター』という作品で、いくつかバージョンがありますけど、僕が担当したのは屋良有作さんがシュワルツェネッガーを演じたフジテレビ版ですが、プレデターが最後の最後で喋るんですよね、一言だけ。
 
Mr.ふきカエル:喋りますね。
 
吉田さん:あの声を、亡くなられた笹岡繁蔵さん、低音のあの方にお願いしたんです。その時のディレクターは左近允さんでしたが、朝から(スタジオに)呼んじゃってるんですよ、笹岡さんを。当時は長尺作品の収録は一日かかって当たり前という時代でしたが、『プレデター』って、その他大勢の兼ね役がないんですよ。頭にちょっと戦闘シーンがありますけど、ああいったシーンのガヤの音声は全部SE扱いで収録不要だったので、皆さんひとり一役で、作品の中で死んだ順に帰れるという状況でした(笑)。
それで笹岡さんはプレデター役だけ、最後の一言だけなんですが、朝からいるんですよ。
当時も例えば売れっ子の声優さんで「すみません、この日は何時入りにしてください」ってマネージャーが言ってくるような方はいましたが、笹岡さんはそういうわけでもなく。頭から順録りしていくから、自分の出番まで現場で待つのは当たり前という時代だったので、朝から来てずっと待っている。
で、最後の最後で「お前何者だ」って一言喋って終わりって、帰っていかれたんですよね。さすがに今はもう機材が進歩して、そんなことをしなくていいよっていうことになりましたが。その分ディレクターとしては、収録の段取りを考える仕事は増えてますけど、 これはこれでパズルみたいで結構楽しいです。
 
Mr.ふきカエル:皆さんで集まって収録だと、相手の顔を観ながら演技を組み立てたり、瞬時に変えたりする方もいるかもしれないですけど、 別々に録っていくとなると、そのバランスは演出家の方しか分からないから、そこが大変そうだなといつも思います。
 
吉田さん:やっぱり距離感とかテンションとかは一緒に録ったほうが合わせやすいので。別録りだと先に収録に入る方は大変ですね。こちらが全部計算しておいて、このぐらいでお願いします、となって、次の方。次の方は前の方の音声を聞きながら演技が出来るので多少は楽かな。ただ、がっつり絡んでる人たちはなるべく一緒に収録できるように、こちらも段取りはしますけどね。
 
Mr.ふきカエル:完全に一人ずつじゃなくて、何人か絡む人がいる時は複数人で収録されているんですね。
 
吉田さん:そこは考えますね。その方が、時間も節約になりますから。
そんなこんなでアフレコが終わって、その後は技術さんの出番ですけど、音質やセリフのタイミング調整を一週間ぐらいしてからダビング、これはMAとも言いますが。MAはマルチオーディオの略で、色んな音を混ぜる作業。そして、仕上げをチェックして完成です。
 
Mr.ふきカエル:ミキサーさんの仕事にも入ると思うんですけど、その時に海外から来るMEという効果音と音楽が入ってる素材もあるのですよね?
その素材は必ずしもセリフ用にバランスを取ってくれてるわけじゃないんですよね。

 
吉田さん:普通は取っていないです。
 
Mr.ふきカエル:セリフを立てて、MEの音を下げて、みたいな作業も。
 
吉田さん:それがミキサーさんの仕事ですね。
 
Mr.ふきカエル:それを演出家がチェックする。なかなか大変な仕事ですね。
 
吉田さん:まあ、それが仕事だからと言っちゃえば、それまでですが(笑)。
 
Mr.ふきカエル:ご自身で演出された作品で特に記憶に残っている作品はありますか?
 
吉田さん:シリーズだと、つい最近までやってたんですけど、『ウォーキング・デッド』ですね。足かけ11シーズン。最後の最後は他の方に演出を渡したんですけど、10シーズンまでは自分がやりました。とても面白い作品で、最初はKADOKAWAさんのビデオソフト用に始めたんですが、登場人物も魅力的なキャラばかりで。主役が土田大さんというのは、初めにピンと来て決めました。脇にいるダリルというちょっとニヒルなアウトローには小山力也さんがちょうどいいなって。いわゆるベテランの方はその二人だけで、残りはほぼほぼ新人だったんですよ、当時は。そこはKADOKAWAさんが自由にやらせてくださって。予算上の理由もありましたが、せっかくだから新しい方をということで、ほぼ新人の方ばかりにお願いしました。でも10年も経つと、その新人だった皆さんが中堅どころになられていて、これは本当にやってて面白かったです。
 
Mr.ふきカエル:自然とFIX声優ができていましたね。
 
吉田さん:結構嬉しかったですね。自分が選んだ声優さんが、別の作品でも『ウォーキング・デッド』と同じ俳優を吹き替えたりされてると。
 
Mr.ふきカエル:吉田さんのキャスティングだ、みたいに思いましたね。
 
吉田さん:ジョン・バーンサル(『ウォーキング・デッド』のシェーン・ウォルシュ)が出演している他の作品でも、『ウォーキング…』で声を担当した坂詰貴之さんを皆さん律儀に起用してくださってね。あれはとても嬉しいです。
あと記憶に残っているのは『新・刑事コロンボ』の最後の作品、「殺意のナイトクラブ(虚飾のオープニング・ナイト)」。コロンボには色々経緯があって、特に新シリーズは一時期東北新社さんで制作されていた作品があるんですよね。ビデオ用とwowowさん用に。それはユニバーサルピクチャーズとの契約上の問題で、ちょうど新社さんがユニバーサル作品の吹替えをほぼすべて制作されていた時期だったんです。それで、コロンボの新作も何本か(コロンボの声を)銀河万丈さんで作られていて、それにはグロービジョンは全く関わっていませんでした。
その後、ブルーレイのボックスを出しますとなった時に、複数ある吹替版を全部入れましょう、と。新シリーズも日テレ版はグロービジョンでやらせていただいてたんで、吹替の音源もあったのですが、最後の「殺意のナイトクラブ」だけは日テレで放送していない。ビデオ用の銀河さん版はあるけど、石田太郎さん版がなかったんです。
それで私が「最後の一本だし、これも石田さんのコロンボで作りませんか」と提案したところ「やりましょうか」というお話をありがたくいただけまして。それを演出させていただきました。不思議なもので、コロンボは僕が子供の頃、小学校の5~6年生ぐらいの時からずっと観ていて、大人になってから制作として関わって、最後の最後で自分が演出をしたという。
 
Mr.ふきカエル:すごいですね。運命的。
 
吉田さん:タイムマシンで戻って小学生の自分に「将来お前がこの吹替版を作るんだよ」って言っても、絶対信じないでしょうね。だからとても印象に残ってます。
 
Mr.ふきカエル:いや、すごく運命的なお話を聞かせていただきました。
 
吉田さん:でも考えてみたら、これが石田太郎さんとの最後の仕事になっちゃったんですよ、結果的にね。
 
Mr.ふきカエル:ここからは、皆さんも期待されている、担当時代の印象的なエピソードをお話しいただきたいと思います。
まずは『マイアミ・バイス』の収録スタジオに“センダミツオ”さんが2人というお話し。

 
吉田さん:これは旧twitterにも書いたかもしれません。
『マイアミ・バイス』は現役のミュージシャンが特別出演するのが売りの一つになっていたシリーズで、イーグルスのグレン・フライや、マイルス・デイビスも出ていました。彼らが俳優として演技をするというのが売りだったんですけど、ある回でフィル・コリンズがメインゲストというか、ほぼ主役として出演していて芝居をしてるんです。役自体は、詐欺師、小悪党でセコい役でしたけどね。
当時ヒット曲を連発していたフィル・コリンズだから、それなりの方をお呼びして吹替版を制作したいというテレ東さんの意向もあって、セコいけどとても面白い役なので、当時「ナハナハ」で一世を風靡していたせんだみつおさんの名前があがったんです。NHKの「人形劇 三国志」で、声優をやられていたんですがこれが上手くて。イメージ的にも合うからお願いしようとなり、ご本人にお伺いしたら「やりますよ」と言ってくださいました。で、今だったら、あまりアテレコに慣れてない方は一人だけ別録りにしたりもするんですけど、当時の収録はみんなで集まって一斉に、でした。
その時に、セミレギュラーで情報屋のモレノという役がいまして。 マーティン・フェレロという、『ジュラシック・パーク』で、Tレックスにトイレに座ってるところを食われる弁護士の役をやった人です。『マイアミ・バイス』の セミレギュラーで、その回にも出番があったのですね。その情報屋の声を演じていたのが、この前(2023年2月25日)、亡くなった千田光男さん、声優の千田光男さんでした。そうなると、二人いるんですよ。スタジオにセンダミツオさんがね。
 
Mr.ふきカエル:ダブルセンダ。
 
吉田さん:ディレクターが左近允さんで、あの人は現場では役名で呼ばず、絶対に役者さんの名前で呼ぶんですよ。例えば、主人公のソニー・クロケットはもうちょっとこうとか、もう一人の主人公のリカルド・タブスはこう、ではなくて、「(主人公の声を演じる)隆(大介)さん、尾藤(イサオ)さん」と呼びかけるのがポリシーの方でした。
なので、「せんださん、もうちょっとマイクの前に、あ、そのせんださんじゃなくて、みつおさんの方…どっちもみつおさんか」という状況で「あぁ どないしましょう」みたいな現場になりました(笑)。声優さんでも同姓同名という方は、まずいなかったですからね。
 
Mr.ふきカエル:無事録り終えることはできましたか?
 
吉田さん:録り終えましたね。
 
Mr.ふきカエル:二大センダミツオが揃った、記念すべき回でしたね。
では、続きまして、吉田さんが初めてゴールデンの長尺作品(『摩天楼はバラ色に』)を演出したとき台本には「演出:左近允洋」と書かれていたので、山寺宏一さんがスタジオに来るなり左近允さんにご挨拶されていたお話。

 
吉田さん:マイケル・J・フォックスの『摩天楼はバラ色に』という映画で、その時はすでにフジテレビで吹替版が放送されていて、TBSの当時「水曜ロードショー」の枠で二回目の放送だったのですね。当時のTBSのプロデューサーが割と放任主義でお任せいただける方でしたので、その時の上司が「うちの吉田は制作を長くやってますけど、今ディレクターも始めているので、担当させていただけませんか」という話をしてくれましてね。プロデューサーさんもいいですよってことになりまして、僕のゴールデンタイムの長尺作品のデビューとなったんです。キャスティングもお前が考えろと言われ張り切ってやりまして。フジテレビ版は『ファミリータイズ』でもマイケル・J・フォックスの吹替えをされていた宮川一郎太さんでしたが、今回は「この方でお願いします」というのはないと言われまして。まだマイケルのFIX声優も他にいらっしゃらず、当時は山寺宏一さんが売れ始めた頃で、僕は彼と同年代で、その前から何度か一緒に仕事をしていたので、「では、山寺さんにお願いしよう」ということになりました。
ただ上司からは「お前に演出をやらせるけど、まだ名前を出すのは早い」と言われてまして。台本上も、放送のクレジット上も左近允さんの名前でやりますと。吹替台本は初めのページにプロデューサー、演出、翻訳ってスタッフの名前が書いてあるんですが、演出のところには左近允洋とあるわけですよ。だから実際は僕が演出をやるのをスタッフは知ってますけど、役者さんはそこの事情はご存じない。
山寺宏一さんは当時売れ始めてはいたけど、左近允さんの仕事はまだなかったんですね。それで山寺さん、後で聞いたら、業界の大御所演出家から初めて指名をされたとすごく緊張していたんですって(笑)。それで、当日の朝スタジオに集まった時、副調整室に僕がいて、左近允さんもお目付け役だから隣にいるわけですよ。そこに「おはようございます」って山寺さんが入ってきて、僕の前をスーって素通りして左近允さんのところに行って、「山寺宏一と申します。この度はよろしくお願いします」って挨拶したら、左近允さんが「あ、今日は吉田がやるから」。山寺さんは「は?」って(笑)。
 
Mr.ふきカエル:(笑)ギクシャクはしなかったですか?
 
吉田さん:それは全然。「すみません、僕です」みたいな感じで、山寺さんも逆に気が楽になったんじゃないかと思うんですけど。
 
Mr.ふきカエル:ありがとうございます。続いては「ふきカエル」のコラムにも書かれていましたが、『ストリート・オブ・ファイヤー』吹替版でダイアン・レインの歌に字幕を入れるのを完パケの前日に思い出し、もう翻訳者さんに頼む時間もないのでこっそり自分で翻訳しちゃったお話。
 
吉田さん:これも時効かなあ、ってもうコラムにも書いてしまったんですけど、『ストリート・オブ・ファイヤー』は僕らの世代にはド直撃の映画で。大学の四年生で映画館でバイトをしていた時にこの作品が上映されて、もうみんな夢中になって何度も観ましてね。その作品の吹替版を作るって話を、5、6年後ぐらいかな、(正確には1986年)いただいて、こっちは狂気乱舞ですよ。 やった、あの作品に関われるって。
フジテレビからの依頼で、壺井正さん(グロービジョン所属の演出家。『ベン・ハー』(日本テレビ版)など)がディレクターで、色んな配役を決めたんですが、ご存じの通り、歌のシーンがありますよね。劇場公開の時は戸田奈津子さんの字幕が入ってたわけですが。それを放送するに際して、歌詞の字幕を入れるかどうかという問題があるんです。今では吹替版でも歌のところに字幕が出るのは当たりまえですが、以前のフィルムの時代には、 吹替版に字幕って基本的に入れられなかったんですよね。それがVTRになって編集で字幕を入れられるようになりまして。だから歌詞の字幕も必要であれば入れられるんですが、当時はちょうどフィルムからVTRへの過渡期でもあり。まだ“歌の字幕は必ず入れる”というルールは確立されていなかった時代なんです。なので特に物語上必要のない歌の部分は、翻訳は要りませんということも結構あったんですね。この作品もその流れで、平田勝茂さんの翻訳だったんですけど、こちらも特に気にしていなかったので、歌の部分は翻訳していなかったんです。
そのままアフレコは無事終わりまして、音が完成しました。あの当時は、完パケ(「完全パッケージ」の略)納品だったので、その出来上がった音を、1インチの放送用のVTRに入れ込んで、そのまま放送できる形に仕上げるまでが我々の仕事だったわけです。録音スタジオで音を作って、それを VTRのスタジオに持ち込む形ですね。そこから完パケ作業になるんですが、まずはテロップですね、看板のところに“エレン・エイム(『ストリート・オブ・ファイヤー』でダイアン・レイン演じる役名)のコンサート”みたいな字を入れるとか、そういうことは制作担当の仕事だった。そういった明らかに必要な字幕の翻訳は当然やってあるんですけど、歌詞字幕のことを誰も気にしていなかったんです。本当はそれが制作である自分の仕事なんですが、局のプロデューサーの方は入れるものだって思ってらしたのを僕が確認してなくて、完パケ作業の前日ぐらいにプロデューサーから「歌の字幕はお任せしますのでよろしく」って言われて初めて気が付いて。
初めに歌う「ノーホエア・ファースト」、途中の「あなたを夢見て」とか、最後は二曲ありましたかね、全部で四曲ぐらいあるんです。
しまった…。その翻訳を、平田さんに追加でお願いする時間がもう無いんですよ。次の仕事にかかられているので。どうしよう…。
ただ、僕もこの作品は何度も観ていて内容はわかっているし、英語台本にも歌詞は載っている。自分は当時字幕の仕事もやっていたんで、字幕のルールはわかっていたんですよ。一秒何文字までとか、歌の字幕の場合は、チドリって言うんですけど、一行目と二行目の頭をずらして、イタリックにするとか。そういうことはわかってるんで、 もう自分でやっちゃえって翻訳を作っちゃいました(笑)。
 
Mr.ふきカエル:一日で四曲分やっちゃった。凄いですね、これ。
 
吉田さん:もうこれ怒られますけどね、それで放送しちゃったんです。
 
Mr.ふきカエル:顔面蒼白になるやつじゃないですか。よくそれを乗り切りましたね。
 
吉田さん:そうですね。『物体X』の時もそうですけど、ミスをした時のリカバリーというか、火事場の馬鹿力で…いや絶対怒られるなこれ。
 
Mr.ふきカエル:視聴者は当然知らなかったから、翻訳者の平田さんが訳したのかと思っていたでしょうね(笑)。
 
吉田さん:そうですね…。もし拙い訳だったら申し訳ないですね。
 
Mr.ふきカエル:実は観ていましたけど気がつかなかったですね。全然問題なかったと思います(笑)。
 
吉田さん:たしか放送はその一回だけで、吹替音声以外は何も残ってませんので、もう大丈夫かなと。
 
Mr.ふきカエル:録画が残っていますよ(笑)。録画してあるから、もう1回観ようかな(笑)。
続いては先ほども出ましたが『遊星からの物体X』で出演予定のなかった納谷悟朗さんを呼んでしまったお話し。

 
吉田さん:これはね、実はそんなに切羽詰まった話でもなくて、 映画に登場する隊長のギャリーっていう役のキャスティングをしていて、打ち合わせの時点では、このキャラには柳生博さんが合うよねって話をしていました。ただ柳生さんはドラマなどのお仕事もされていますから、スケジュールが取れるかどうかわからない。そのときもうひとり納谷悟朗さんも候補に挙がっていて、では申し訳ないけど少し様子を見て、お二人ともスケジュールを押さえていただいてってことになったんです。で、収録用の台本を印刷するとき、多分アフレコの二週間ぐらい前だったと思うんですけど、その時点で柳生さんのスケジュールが取れて、では柳生さんにお願いしましょうと。そうなると納谷さんのスケジュールをバラすのは制作の仕事なんですが、僕が忙しくて忘れていたんです。
それで、台本を出す何日か前になって、納谷さんの事務所であるテアトル・エコーさんから「先日いただいたスケジュールですけど、これ決まりましたか?」と確認があって。しまった、バラしてなかった。冷静に考えれば収録まで時間はあるので、「ごめんなさい、なくなりました」と言えないことはなかったんですけど、納谷さんといえば大御所ですしね、 こっちもやばいと思って、「ちょっと待ってください」ってディレクターの岡本さんにすぐ相談したんです。実はこれこれって伝えたら岡本さん簡単に「いいよ、別の役あるから」(笑)それでフュークス役にあててくれました。多分、その時フュークス役には別の方がいたと思うんですけど、その方には本当にごめんなさいですね。
あの作品も登場人物が少なくて、ガヤもない。死んだ順に帰れる作品ですが、納谷さんのキャラも途中で死んじゃうという。声優に詳しい人だったら、納谷悟朗さんが演じているんだから、さぞ重要な役かと思ったでしょうね。
 
Mr.ふきカエル:思っていましたよ。観ていて。
 
吉田さん:そうしたら途中で
 
Mr.ふきカエル:いなくなっちゃったからびっくりしました(笑)。
 
吉田さん:後で「あれはミスリーディングを狙った配役でしょうか?」って。いやミスリーディングじゃなくてただのミスなんです(笑)。
 
Mr.ふきカエル:上手くオチがつきましたね(笑)。
 
吉田さん:あの作品の現場、登場人物は男ばっかりでしたけど、女性をひとり呼んだんですよ。頭のパソコンゲームの声のためだけに女性をひとり。その方はさすがに最初だけ喋って帰りましたね。
 
Mr.ふきカエル:あの作品は豪華声優でしたよね。
 
吉田さん:主役のカート・ラッセル演じるマクレディ役は津嘉山正種さんだったんですけど、候補だけで言うとね、当時“夏木”の苗字で活動されていた、夏八木勲さんのお名前もちょこっと出たりしました。
 
Mr.ふきカエル:声優の皆さんはハマってたし、未だにBSやCSでも放送されていますね。
 
吉田さん:ありがたいことにね、配信版でカット箇所の録り足しまでさせていただきました。フュークスの台詞も録り足したんですが、同じエコーの多田野曜平さんにお願いしまして。山田康雄さんの代役はたくさんやられてますけど納谷さんは初めてだったみたいです。
 
 

 
吉田啓介さんへのインタビューはこちら
→第1回「え!って言っちゃいますよね(笑)」
→第2回「会社が請け負った全ての作品のハンドリングを1人でしていた時期もありました」
→第4回 皆様からの質問にお答えします「#おしえて吉田D」