- 2017.6.1
- コラム・キングダム
- 吉田Dのオススメふきカエル
『そして、アメコミ・ヒーローは“神話”となる』
「…しかし何だね、人間も五十を超えるってぇと途端にあちこちガタが来るね」
「お前もかい。俺もここんとこ肩は凝るわ腕は上がらないわで往生してんだ」
「だよなあ。おまけに最近は細けぇ字が見えづらくて新聞読むのも一苦労さね」
「それってもしかして…老眼?」
『LOGAN/ローガン』
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation.
6月1日より 全国にて公開中
監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ヒュー・ジャックマン パトリック・スチュワート
配給:20世紀フォックス映画
公式サイト:foxmovies-jp.com/logan-movie
人間、誰しも歳を取る。去年できたことが今年はできなくなり、昨日食べたものを今日思い出せない、なんてことも度々。でも歳を取るのは人間だけではない。いま、超人的な力を持つ一人のヒーローが自らの“老い”と向き合い、その伝説に幕を下ろそうとしている。
彼の名はウルヴァリン。
映画『X-メン』の第一作が日本で公開されたのは2000年の10月。西暦はまだ20世紀、マンハッタンには世界貿易センタービルがそびえ立ち、目前に迫るミレニアムに世界中が浮足立っていた時代。
アメリカン・コミックの老舗であるマーベル社が自社のコミックを巨額の製作費で映画化し、その後『スパイダーマン』や『アベンジャーズ』といったヒット・シリーズを続々と生み出していく“マーベル・シネマティック・ユニバース”の先陣を切る形で、異形のミュータント軍団は華々しいデビューを飾った。
その『X-メン』で主役となるヒーロー“ウルヴァリン”のキャラクターは、映画化にあたって大幅に改変されている。原作のコミックでは「性格は粗暴で残虐、葉巻を嗜む愛煙家で女性に目がない」という設定。平たく言えば“腕っぷしは強いが品のないオヤジ”となる。見た目もずんぐりむっくりの体に黄色と黒のコスチュームとくれば、そりゃこのまま実写化はできませんわな。人は見た目が九割。
そんなコメディ・リリーフすれすれのキャラを一躍メジャーにしたのは、やはりそれまで無名のオーストラリア人俳優だったヒュー・ジャックマンの功績でしょう。彼の持つ端正ながら野性的な風貌と、恵まれた体格(身長189センチ!)を得て、ウルヴァリンは押しも押されもせぬヒーローへと生まれ変わった。
その後ウルヴァリンの活躍は『X-MEN』三部作から、世代を超えた『フューチャー&パスト』へと続き、更には単独主演となるスピンオフ『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』『ウルヴァリン: SAMURAI』が誕生。そのスピンオフ最終作にして、ウルヴァリン・サーガの終焉となるのが今回の『LOGAN/ローガン』である。
治癒能力は衰え、戦う気力も失い、市井の人々の中に息をひそめて生き延びる初老の男=ローガン。そんな彼の前に現れた少女は、自分と同じ鋼の鉤爪を備えていた。滅び行くミュータントの最後の末裔。ローガンは組織の手から少女を守るべく、絶望的な逃避行に出る。“戦う”のではなく“逃げる”。彼はもう不死身のヒーロー・ウルヴァリンではない。
“ヒーロー”の語源は遠くギリシャ文化にさかのぼる。叙事詩やギリシャ悲劇の主人公を意味するこの単語は、やがて「超人的な能力を持つ英雄」を指す名称へと転じた。ヘラクレスやアキレウスに始まるそのイメージは、その後も西欧文化の中に脈々と受け継がれていく。北欧神話に登場する神々から、大英帝国の礎を築いたアーサー王伝説に至るまで、国の成り立ちには必ず相応しい英雄(ヒーロー)が活躍していた。
古い歴史を持つ国々では往々にして「史実」と「神話」は明確に区別ができない。文字すらなかった時代の出来事は、虚実がない交ぜとなった伝説として後世に伝えられ、そこには現代社会では存在しえない超人的なヒーローの活躍の場が確かに存在していた。「神武天皇の弓の先に飛来した金の鳶が放つ光で戦いに勝利し、日本が建国された」と言われれば、内心そんなバカな、と思いつつも、論理的に否定しようなんて野暮なことはまず思わない。国の誕生に英雄譚は不可欠なのだから。
そして十八世紀も終わりに近づいたころ、歴史の舞台に「遅れてきた超大国」アメリカが登場する。それまでとは違い、明確な意思と正当な(しかし多分に野蛮な)手続きによって誕生した近代国家。政治家たちの手によって起草された独立宣言書の中には、伝説の聖剣も金の鳶も存在する余地はない。そんな「神話を持たない国」は、しかし他国とは比べ物にならないほどの「新たな文化を創り出す力」を持っていた。そのパワーによって生み出されたアメリカン・コミックのヒーローたちは、ペルセウスやランスロットに替わる「現代の英雄(ヒーロー)」として、民衆に君臨することになる。神話を持たない国の、畏敬の対象として。
マーベル・コミックは、そうした“アメリカの神話”を創り出すことによって、数多のヒーローたちを生み出してきた。しかしその歴史の中でも、映画版のウルヴァリンはある意味で異色の存在。彼は先達と違ってマントもマスクも着けず、鉤爪だけを武器にむき出しの肉体で戦ってきた。鋼の鎧もハイテクな防具も持たないその体は、長い戦いの間に傷つき、疲弊していく。演じるヒュー・ジャックマン本人をはじめウルヴァリンを創り出した人々の目は、その先にいずれ訪れる終焉の時を最初から見据えていたのではないだろうか。『LOGAN/ローガン』はそんなことも思わせるシリーズ最終作である。
吹替え版でローガンの声を演じるのはもちろん山路和弘氏。初めて担当した『X-MEN2』から今回まで、15年に渡ってウルヴァリンを演じてきた声優としても、自らのキャラクターの終焉を見届けるのは感慨もひとしおであろう。今回の吹替え版の製作発表で登壇した山路氏の、いつものはにかんだような笑顔の中に、一抹の寂しさが感じられたように思う。
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神話の誕生から終焉へ。