アンソニーの吹替え事件ファイル

第5回 初のテレビ権セールスに燃えたギャガが生んだ奇跡の大成功

アンソニーの吹替え事件ファイル今回は、「日曜洋画劇場」の中でも未公開、認知度0でありながらも放送され、メジャー大作顔負けの高視聴率に大きく貢献したホラーアクション作品の隠されたエピソードである。放送タイトルは、『地獄のマッドコップ』(1988)、ビデオタイトルは『マニアック・コップ』である。

アメリカNYで警察官の制服を着た大柄の男による連続殺人事件が夜ごとに発生。市警のマクレー警部補(トム・アトキンス)、ジャック・フォレスト巡査(ブルース・キャンベル)、テレサ・マロリー巡査(ローレン・ランドン)達は、捜査の結果、犯人がマット・コーデル刑事(ロバート・ツダール)だと突き止めるが‥。コーデルは犯罪組織の策略で無実の罪で投獄され、そこで滅多切りにされ死んだはずだった!彼は怨念で甦り、社会に復讐のため残虐の限りを始めたのだ。

1988年LAで開催されたフィルムマーケットのAFMでたまたまタイトルが気にかかり、試写に臨んだが、正に警官の制服を着た『ターミネーター』の様な不死身のキャラクターが、いくら撃たれても死なない、警察の一分署を皆殺しの大暴れ、最後はカーチェイスという展開と緊迫感、エンタメ性で見せ場たっぷりに圧倒された。さすが、当時のB級アクションの名門シャピロ・ジェームズ・グリッケンハウス(『エクスターミネーター』『ザ・ソルジャー』『シェイクダウン』)の制作!ただ、この作品、ビデオ権だけが日本ではビデオ会社のパック・イン・ビデオに売れていて、残っていた劇場権・テレビ権だけではどこの配給業者も手を出さない雰囲気だった。当時はビデオセールス全盛の時代だったので、テレビ権だけなど余程のものでない限りはそっぽを向かれる状況であった。私は、この作品こそ、十分テレビ向きだと判断し購入したいと思ったが、直接ライセンサーに行くのも憚れるし、いきなり初めての海外出張で交渉できるほどの英語力に自信もなく、日本の配給会社に頼むことにしようと思った。

そこでお願いしたのが当時急成長中のギャガだった。1986年設立のギャガはまだヨチヨチ歩きの状況でまだテレビ権の扱いは未経験だった。となると、既存通りの数本パッケージ契約でなく1本買いで、価格についても無茶な金額を要求されることなく交渉させてもらえるだろうというこちらの腹だった。

唯、当時のテレビ朝日映画部の購入作業から日本語版放送に至るまでこの作品にはハードルがいくつもあったのだ。

とにかく、ギャガとは初のディールである。当時の映画部長からは「こんな新興の会社から買って大丈夫なのか?」という訝し気な様子。ただ、営業担当が元グロービジョン(※注)社員で顔がよく知れている人物なのが功を奏してなんとか無事ディールが1本のみで成立しそうになったが‥。次に問題になった最大の難関は、この映画本編が85分(エンドタイトル含む)しかないことであった。日曜洋画劇場の放送にはせめてエンドなしで93分は欲しい。それに満たなければ淀川氏の解説を無理やり伸ばすか、予告編大会としなければ埋まり切れない。困っていると、ギャガのS氏が、「何とかします。フッテージでもあれば‥。」と言っていたので待っていたところ、「ちょっとお金を出して数分ですが、撮影してもらいました。」という前代未聞の返事である。たしかに納品された本編に試写では見なかった市長絡みの場面が5分42秒も追加され、87分17秒になっている。それによって放送の許容ぎりぎりの範囲まで持ってこられた。この追加部分は国内、国外のビデオソフトでも日本版テレビ放送バージョンとして収録されているのだから大したものだ。
(※音声制作会社・グロービジョン株式会社)

さて、放送時の解説だが、淀川氏は、「監督はウイリアム・ラスティグ、全然知らない人です。でも張り切ってます!」と全く解説にもなっていない(笑)。とにかくこれだけが印象に残った解説であった。

日本語版については、とにかく認知度0、未公開映画、特に大スターがでているわけでもない、ということで公開作に負けないキャスティングでカバーしよう、という意気込みで池田秀一、小山茉美、石田太郎、大塚周夫、田中信夫、増岡弘、土井美加、野沢雅子、池田勝、大塚芳忠など1流どころが勢揃いの大盤振る舞いとなった。

そして、肝心の放送だが、1989年6月25日放送、前日にあの大歌手の美空ひばりさんが逝去、大騒ぎとなった日の翌日であった。しかもこの日、テレビ朝日の前枠の番組が阪神・巨人戦で中継延長により30分押しという好条件につながり、20.6%、2回目は1991年5月12日に21.9%という1回目を凌ぐ大仕事をやってくれた。未公開で2回連続20%超えという快挙は他にはないのではないかと記憶する。ただ、配給元のギャガでは初めてのテレビセールスだったがために、視聴率が出た日の朝礼でこの大偉業についての発表があったものの、社員たちはこの数字が良いのか悪かったのかがわからず、整然としていたそうである。一方、ほかの配給業者からは「あの映画、どこから買ったんだ?」「ギャガから買ったのか?」などかなりのインパクトがあったようだ。

というわけで、初めての海外出張となった1988年のAFMでは前回取り上げた『ヒドゥン』や今回の作品といい、他にも数作品が日曜洋画劇場に登場、大きく貢献してくれ、B級映画の宝庫にも思えた至福の出張経験であった。35年たった今となっては、マーケットに出品してくる会社もがらっと変わって、寂しい限りだが、こういったB級映画魂を持った映画制作者達のDNAは必ず新しく生まれ変わって帰ってくると信じたい。

最後にこの「ふきカエル大作戦」が3月末をもって終了ということで大変残念であるが、何らかの形で是非戻ってきてもらいたいと切に願っている。

[作品画像はAmazon.co.jpより]
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