- 2020.12.10
- インフォ・キングダム
イスラエルに移住したロシアのスター声優夫婦の悲喜こもごもを描くヒューマン・ドラマ『声優夫婦の甘くない生活』が、12月18日から公開される。去る11月22日にはイベント試写会が東京・秋葉原のアキバシアターで開催され、“いい夫婦の日”と主人公夫婦の職業にちなみ、古川登志夫&柿沼紫乃という“レジェンド”声優夫婦が登壇。「うる星やつら」(諸星あたる)、「ドラゴンボール」(ピッコロ)等のアニメや、『インデペンデンス・デイ』(ビル・プルマン:テレビ朝日版)、『愛と哀しみの果て』(ロバート・レッドフォード:ソフト版)等の吹替えで知られる古川と、「美少女戦士セーラームーン」(大阪なる)、「ドラゴンボール改」(ビーデル)等に参加してきた柿沼が、映画愛にあふれる仲睦まじいトークを繰り広げた。
──映画をご覧になった感想をお聞かせください。
古川登志夫さん(以下:古川):映画にはさまざまジャンルがあって、さまざまな楽しみ方があると思うんですよね。僕は今年の1月から11月までで相当の本数を観てきているんですが、こういう夫婦の心の機微を描く作品の中では、最も良質な映画だと思いました。夫婦生活は長くなればなるほど、関係はどんどん空気や水のようになっていきます。そして会話も少なくなっていく。(劇中で描かれる)“本当の声”が聞こえなくなっていくんですね。
私事ですが、同い年の声優仲間から相談に乗ってほしいと電話があって、「もう年も年だし、カミさんを国もとへ帰そうと思っている」と言うんですね。どういうこと?と聞くと、「離婚と言えば離婚だけど、その方がお互いに気楽だし、周りの友達も田舎に帰した方がいいと言っている」と言うんです。相手のことが嫌いになったわけじゃないし、以前から徐々に考えてきたそうなんですが、自分には到底理解できない。これは難しい問題だ……どういう風にアドバイスすればいいか……。そんなときにこの映画を観たんです。これをあいつに見せよう、これが解決作だと感じました。ヒントがあるんじゃないかという感じがしました。
柿沼紫乃さん(以下:柿沼):ちょうど2年半前に、やはりカップル(ふたり)でイスラエルで行われたアニメーションのイベントに招かれたことがあります。その時に、建物も道路も、街全体がエルサレム・ストーン(石灰岩の一種)という色で統一されていたんですね。映画を観たときに色がその色で、白っぽい感じに抑えられていて、それが懐かしいと感じられました。テーマとはズレてしまうかもしれませんが、“本当の声”を聞くためには、モノクロ時代のハリウッド映画みたいな、いかにもドラマチックなセリフというのは、必要ないのかもしれないとも感じましたね。
──声優だからこそ、声優夫婦同士だからこそ感じられた面白さがありましたら教えてください。
古川:印象的だったのは、主人公のヴィクトルが友達を頼って仕事を頼みに行くシーンがありましたね。今の日本の声優事情というのは全然違うんですが、自分の何十年か前の若き頃、声優の仕事をスタートさせたばかりの頃に自分で資料を作って、プロデューサーになった大学のサークルの先輩に連絡を取って、仕事ないですか?と頼んで歩いたことを思い出して、身につまされました。
アニメなどの日本のサブカル・コンテンツを紹介するコンベンションが海外でも数多く行われていて、記憶にあるだけでも1,000以上……ということは1年365日、必ず毎日どこか2、3ヵ所でコンベンションが行われているわけなんですね。9年間で21回位呼ばれてあちこち行きましたけど、海外の声優さんも多くいらっしゃるんですね。フォーラムで話すなかで、彼らは「日本の声優事情は天国だね」とおっしゃる。エージェントがある、我々声優はみんな事務所に所属しているということなんですね。もちろんフリーの方もいらっしゃますけど。海外ではそういう体制はないんですね。2、3人のグループで、力を合わせて仕事を頼みに行ったりするそうです。日本に比べると声優の地位はかなり低いと聞いて、驚きました。
ふたりとも青二プロダクションに所属していますが、現在400人強のタレントが所属していて、それに見合ったスタッフ編成で、彼らは非常に効率的に仕事を取ってきてくれます。僕たちが自分で頼みに行くなんてことはまずありません。海外の方にうらやましがられたことを思い出しました。ですからあのシーンは非常にリアリティがありましたね。
柿沼:奥さんのラヤさんが、電話のお仕事(テレフォン・セックス)で“マルガリータ”さんになったときに、どんどんキャラクターを相手に合わせて変えていくじゃないですか、突然低いトーンになったり、ああいうのは“声優生活あるある”なんです。日常でセールスの方が電話やインターホンを鳴らしたりしたときにどう断ろうかと思ったときに、「ええと……お母さんがまだ……」って子供の声で言ってみたりですとか。色々するんですね。忙しいんだよ!というニュアンスを、あからさまに焦った口調で言ってみたり。
古川:あなただけじゃないの?(笑)
柿沼:“あるある”ですよ! インターホンだと近所に聞こえちゃって、「またあの奥さんやってるわ」なんて言われちゃうかもしれないけど、声色をどんどん変えてやることはあるので、あのシーンは「あぁ、あるある~」って感じました。
あと、声優夫婦としては、ふたりが新生活最初のディナーの時に乾杯するじゃないですか、ラヤさんがヴィクトルさんに「何かご挨拶を」とお願いしますよね。きっとラヤさんは旦那さんに、ハリウッド映画的なドラマチックなセリフを期待したと思うんです。でも、ヴィクトルさんは、台本がないので固まってしまう。ああいうのも分かりますね。「旦那さんが声優だと、家でも色んな声が聞けていいね」と言われることが多いですが、普段の生活ではあまりそういうことはないんですね。ときどき妙にカッコつけたり、妙にひょうきんになったり、今の誰だ?ということはあるんですけど(古川:そう???)。はい。ありますよ。今ビル・プルマンやった?って(古川:やんねぇよ!)。今のはピッコロ? これも“あるある”的ですね(笑)。
古川:たまに機嫌が悪いと、ピッコロみたいになってるかもしれないですけどね(笑)。
──ヴィクトルはラヤの「声に惚れたんだよ」と彼女が吹替えを務めた『カビリアの夜』(フェデリコ・フェリーニ監督作)の話が出てきますが、古川さんと柿沼さんはお互いのどんな声に惹かれたですとか、どんな声が好きというのはありますか?
柿沼:彼のことをご存知の方はどちらのタイプか分かると思いますが、声優には「まったく声を変えずに、自分の持ち味だけでいく人」と「まったく変えてしまう人」とう2タイプいると思うんですね。彼は役柄によってまったく別人に変えてしまうんです。その中でも『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』のロバート・カーライルを演じた(テレビ朝日版)ときの声が、悪役なのに寂しく抑えて、痛みを感じない苦しみを表現していて、あの声が一番好きですね。業界の方でも、最後のクレジットを見るまで古川登志夫だと気づかなかったと言っていただけているようです。ヨイショ!(笑)
古川:ありがとう……って、ヨイショなの!?(笑) そうですね、あれは自分の最も低い音を使うようにと演出家に言われて演じました。ボンド役のピアース・ブロスナンは田中秀幸さんで、ふたりで昔、ドラマの「白バイ野郎ジョン&パンチ」をやっていましたけど、もう相手がどんな芝居をやってくるか想像できちゃうんですね。そんな中で自分は一番低い声でやると。楽しくお仕事させていただきました。あれは確かに、最後まで見ないと分からなかったとよく言われましたね。
彼女が今やっている「ONE PIECE」の鶴さん(お鶴)は、年相応な声の感じでいいなと思いますね。彼女は海外ドラマも吹替えというよりは、アニメの声を担当することが多くて、最初はラジオからスタートしていましたね。「忌野清志郎の夜をぶっとばせ」で相手役のパーソナリティを務めていて、七色の声を出すからと“レインボー柿沼”というあだ名を付けられていまして、僕はラジオで聴いたときに、ウチの劇団に入ってきた研究生だったので、なんか面白い子だなぁ、この鼻に掛かった声は商売になるんじゃないかなと、ちょっと感銘を受けました。
──映画の中では、ラヤの演じている“マルガリータ”の声でも、電話を掛けたヴィクトルは一瞬で彼女だと見抜きますよね。でも、マルガリータを気に入った電話のお客さんは、実際のラヤと半日一緒にいても分かりませんでした。あのくだりはどう映りましたか? ご自分なら聞き分けることはできますか?
古川:僕は絶対分かりますね。どの役でどんなに化けても、彼女(柿沼)だとすぐに分かりますよ。
柿沼:私は……彼がリハーサルをするときはすべて一緒にやっていますから、どこでオンエアされても大体分かると思うんですけど、(それを知らない状況で、作り込まれた)セリフを話されると、分からないときがあるかもしれません……うーん……。
古川:愛情が足りないんだよ(笑)。
柿沼:それだけ演じる幅が広いと言うことですよ、と受け取ってはいただけませんでしょうか?(笑)
──この映画にも、フェリーニ監督の作品をはじめ、往年の名作のエピソードが出てきますが、おふたりにとっての思い出の一本は?
柿沼:ふたりで旅行することが大好きなんですが、ロケ地めぐりが好きなんですね。フェリーニの作品では『道』が好きなんですが、(ヒロインの)ジェルソミーナを演じていたのがフェリーニの実の奥さん(ジュリエッタ・マシーナ)だったと見終わってから知って、あのピュアな役を自分の奥さんに付けるというフェリーニの心根に惚れましたね。
思い出の映画としては、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『奇跡の丘』が好きですね。創作のパワーがすごいというか、インパクトがあって印象に残っています。エルサレムに行ったときにオリーブの丘を見上げながら、(映画で描かれたのは)あの辺りだったのかなと、思いを馳せて盛り上がりました。
古川:僕が映画好きなもので、海外に行くときに事前にロケ地を調べるんです。オタクなんですね。サンフランシスコに行くとなると、ゴールデンゲートブリッジの『めまい』を撮影した場所ですとか、あのお家がまだ残っているとなると見に行ったりします。本当に毎週末は映画ばっかり観てますね。リビングにスクリーンを設置して、彼女が4本くらいチョイスした中から、2本。年間120本くらい観ますかね。僕の思い出の一本は『カサブランカ』でしょうね。そんなに難しい話ではないですけど、なんと言ったってイングリッド・バーグマンの美貌にやられました。あれがきっかけで、バーグマンの映画をDVDで全部買っちゃって、端から全部観ました。バーグマンの写真を部屋の壁に掛けたんですね。そうしたら……彼女が「私の写真にしなさい」って(笑)。それで小さな写真にして、彼女の写真を飾りましたが。
──この作品ではヴィクトルの「映画は豊かな世界そのもの。吹替えはその入口だ」というセリフが印象的です。おふたりにとって「映画の吹替え」とは?
古川:個人的な言い方をすれば「神様が与えてくれた天職」。これ以外に、僕ができることは何もないんじゃないかと思います。おっしゃったように、映画や日本のサブカル・コンテンツは、国境や民族を一気に飛び越していくことができる。そこに言葉の障壁があるとなると、「翻訳」は大事な仕事になります。そういう意味で、翻訳家の方も含めて、今おっしゃったような豊かな世界に誘う、そういう橋渡しをするような役目になっている仕事だと思います。
柿沼:今は機械でいくらでも翻訳してくれるようにもなりましたけど、国民性によって感情表現も違うと思うんです。欧米だとこういう表現でも、日本人だと抑えた方が伝わるんじゃないかといった感じで。そういう部分まで翻訳して伝えるのが、吹替えというお仕事なのではないかと心掛けております。
──そういうお話をうかがっていると、ぜひともこの作品の吹替えをおふたりにやってほしいと思いますね。
古川:いいですねぇ。ぜひやってみたいですね。
(客席から拍手)
柿沼:私も、こう見えてなかなかの(年齢)ハイエイジですので(笑)。
──そういう「この役をやってみたい」という話は、よく出るのですか?
古川・柿沼:はい、出ますね。
柿沼:皆さんそうなんでしょうけど、上手い俳優が演技している作品を観ると、その演技を吹替えてみたい、挑戦してみたいって欲求が湧くんですね。この作品は、本当に素敵な、演技巧者のおふたりだったので。ラヤさんが“マルガリータ”にどんどん変わっていくときも、表情はもちろんポーズもどんどん変わっていきます。舞台出身だそうですし、そういう身体中を表現することもご存知の方だったんだなぁと思いました。
──ファンからの声が挙がれば、きっとソフトが発売される際には実現するかもしれませんね。今日は素敵なお話をありがとうございました。
『声優生活の甘くない生活』は、1990年にソビエト連邦(ソ連)からイスラエルに移住したロシア系ユダヤ人夫婦の姿を、ユーモアを交えてほろ苦くも温かく描く作品。かつてソ連に届くハリウッドやヨーロッパ映画の吹替えで活躍したヴィクトルとラヤだったが、夢の新天地となるはずのイスラエルには声優の需要がなかった。妻ラヤは夫に内緒でテレフォン・セックスの職に就いて思わぬ才能を開花させ、夫ヴィクトルは、ロシア移民向けの海賊版レンタルビデオ屋で再び吹替声優の職を得るが……。12月18日より全国順次公開。
公式サイト
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『声優生活の甘くない生活』
監督:エフゲニー・ルーマン 脚本:ジヴ・ベルコヴィッチ エフゲニー・ルーマン
出演:ウラジミール・フリードマン マリア・ベルキン
2019年/イスラエル/ロシア語、ヘブライ語/88分/スコープ/カラー/5.1ch/英題:Golden Voices/日本語字幕:石田泰子
後援:イスラエル大使館 配給:ロングライド
2020年12月18日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開