飯森盛良のふきカエ考古学

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ザ・シネマ新録版、第5弾はみなさん待望の、そうだよ、江原正士版『ハドソン川の奇跡』だよ!! の巻

ということで、おまっとさんでした!『ハドソン川の奇跡』、トム・ハンクス江原正士×アーロン・エッカート木下浩之バージョン、制作決定!2020年12月27日、初回放送です。詳しくはコチラ thecinema.jp/special/hudson-kiseki/

実はこれを執筆している今日は江原さん収録日の3日前で、江原版がどんな感じになるか、ワタクシ自身もまだ未知の段階なので書けないのですが、むちゃくちゃ楽しみです。江原さんご自身も楽しみにされているとのこと。

今回のこれは「ザ・シネマ新録版」シリーズの、『ブレードランナー ファイナル・カット』、『プロメテウス』、『LIFE!』、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に続く第5弾になります。

これ、一部で変に誉められてる(贔屓の引き倒しなんでやめて…)「ザ・シネマは芸能人ふきカエをちゃんとしたプロ声優版に作り直していて偉い」というパターンではなくて、「いや、普通に素晴らしいプロ声優版が過去に作られてはいるんだけど、主演俳優のFIX声優さん版ではなかったから、FIX版も作ってみた」パターンで、第1弾『ブレードランナー ファイナル・カット』と同じパターンです(あれは堀勝之祐デッカードがあったんだけど、ハリソン・フォードといえば磯部勉さんなのでそれも作ってみた、という)。

やってる側としてはこの2つに違いなんか無くて、ザ・シネマ版とは、芸能人ふきカエ撲滅運動ではなく「FIX版は必要。FIX版が無い作品をFIXでも作っとこうか運動」ですから。誤解しないでね!? と、ゴールデン洋画劇場の玉石混交芸能人ふきカエで育ったワタクシは強く言いたい。

『ハドソン川の奇跡』は、公開時に作られた公式ふきカエはトム・ハンクスが立川三貴さんでした。あれは良いものだ!ワタクシこれで泣きましたからね!あまりに良いのでこの立川版も今回はお届けします。本作でのトム・ハンクスは、実在の熟年パイロットを、総白髪に白ヒゲで、とことん抑えた芝居で演じます。事故に遭ってもバッシングに遭っても感情を昂らせない。老いて枯れていることが吉と出て、冷静沈着に、プロとしての長年の経験だけで、淡々と事態を乗り切る。この雰囲気が立川さん、素晴らしかったんですね。だから何も文句は無い!

でもトム・ハンクスである以上は、どうしてもいつもの江原さんの声でも聞いてみたくなるのは人情。こういう案件はワタクシの方で新録しますよ。

飯森盛良のふきカエ考古学

新録江原版と旧録立川版は今回あわせてザ・シネマでご視聴いただきたいですね。

ところで、俺は今、猛烈に感動している!まぁ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』も、そりゃ作れてよかったですよ?あんな2010年代ベストな映画を新録できて、大変光栄でしたわ。

ただ、実は個人的には『LIFE!』の方が好きなんです。あれはもっと光栄だった。そして、あれこそワタクシの花道になるはずだった。長く勤めて「最古参社員」、「ベテラン」と呼ばれていた組織を辞めることになった、けど大して出世はしてない職人系のしがないサラリーマンのおっさんが、大冒険の末、最後に総決算的な代表作を遺して去ってゆく、という物語なので。ちょうどあの時ザ・シネマを離れることになった自分自身と重なってねぇ(今の私はザ・シネマの人間ではありません。外部の一協力者です。そろそろここのロゴも変えてもらわねばな…)。

で、今回の『ハドソン川の奇跡』も、これまた、働くベテランおじさん映画として猛烈に感動できるんですよ。ほんと、たずさわれて光栄。

この映画、いきなりクライマックスから始まります。旅客機のエンジンが鳥を吸い込み全て故障。「そのまま滑空し空港まで引き返せ」という常識的な管制指示をベテラン機長サリー(トム・ハンクス)は「いや、それ無理」と瞬時に却下し、ハドソン川に胴体着陸するしかないと35秒間で即断。結果論としては犠牲者ゼロという奇跡を起こしたのですが、「いや、空港まで普通に戻れたというデータとファクトとエビデンスが存在する。あなたのしたことは無謀で無意味だった」とサリー機長をバッシングする、運輸安全委員会の奴らが現れる。サリー機長は「指示に従ってたら空港まで辿り着けず市街地に墜落してた」と主張し、終盤は法廷サスペンス(というか運輸安全委員会サスペンス)展開になって、さあどうなる!? と、いう映画です。

飯森盛良のふきカエ考古学

パイロット歴40年以上の枯れたおじさんの、というかお爺さんの、これ一筋で生きてきた専門バカとしての判断が、155人+乗員の命を救うんですな。これぞ手本にしたい、働くベテランおじさんの姿。そこに猛烈に感動する、プロフェッショナリズム賛歌の映画です。

日本の会社組織では「スペシャリストよりゼネラリストだ」、「多岐にわたる業務全般を俯瞰的に見渡せる人材育成だ」、「ジョブ・ローテーションだ」へったくれだ蜂の頭だ云々とよく言われます。でも聞くところでは、海外の企業だと、こういう発想って薄いらしいですよ?そりゃそうだ、だってスペシャリストの反対って「ゼネラリスト」じゃなくて「シロウト」だもん。

40年以上も専門バカとして勤め上げ、プロ中のプロになれたら、それでキャリアの末期に155人もの人命を救えたら、それって、どれだけ格好良い人生だろうか、という憧れ。そして、この映画を作ったのがハリウッド最強の専門バカお爺さん、現在御年90歳の映画バカ一代、大イーストウッド翁だという事実がまた、説得力抜群なんだよな。御大ならばこれくらいの映画は造作もなく撮れちゃう。ポンポン量産してる。いやぁ、プロフェッショナリズムって、本っ当に良いもんですね!

あとサリー機長、実はけっこう貧乏、ってのも良いんだ。副業で賃貸経営してたり起業してたりするんですが、まるで儲かっておらず、奥さんに「収入のことは心配するな」とは言うものの、心配しかない。と同時に、尊敬しかない。この点でも超好感持てる!40年以上のキャリアを持つプロ中のプロが、副業やら家賃収入やらで小利口に儲けられる訳がない。専門分野に一生を賭けてきた漢なので。格好良いぞ!

実は実際のサリー機長は、この後何年かして、アメリカ議会で「パイロットの年収が安すぎる」と証言したりしてるんですよ。航空会社が賃下げし、年収がファストフードのバイトよりも低くなった。それではパイロットはやる気を維持できないし、稼ぐため副業の掛け持ちで、疲れきった状態で何百人もの命を預かり飛んでいる。大丈夫なのかよ!? というのは、マイケル・ムーア監督の『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』で警鐘を鳴らされ、それにも本物のサリー機長は出てましたけどね。プロがリスペクトされ、正当に報われる世の中になってほしいものです。

最後に、アーロン・エッカートの副操縦士もまた、良い味なんですよ。ザ・シネマ新録版では木下浩之さんにお願いしますが(旧録版はふくまつ進紗さん)。キャリアはそこそこ長そうで仕事にもかなり熟練してる、中年の働き盛り世代なんですけど、人としてはまだまだ未熟。カーっと頭に血がのぼり運輸安全委員に売られたケンカをすぐ買おうとしたり、もちろん旅客機のエンジンが止まった時も冷静沈着に対処できない。決して無能な人ではないんですが、この人だけだったら破滅だった、という「お前まだまだだな」っぷり。あと20年ほどは修行が必要。

飯森盛良のふきカエ考古学

ワタクシも、まだまだアーロン・エッカートの副操縦士レベルですな。いずれはトム・ハンクスのサリー機長のようになれるのだろうか…っていうか、同じ仕事一筋で続けられているだろうか…。それは今のご時世、とても羨ましくラッキーなことでしょう。

追伸:そういえばザ・シネマでこの12月から「月刊吹替声優」という新企画が始まるそうです。毎月1人の声優さんに注目する企画とのことで、初回は、当然ここは江原さんでしょう!ということで江原さんとのこと。これにはワタクシは一切関わっておらず1月以降のラインナップも何も知らないんですけど、逆に楽しみです。

ワタクシがお手伝いしている「厳選!吹き替えシネマ」と(あとたまに新録)、ワタクシは関与してないけどメイン作品枠「ダイヤモンド・シネマ」はふきカエ版も字幕とあわせて放送する、それと、この新たな「月刊吹替声優」。ふきカエ3企画体制になるそうで、今や15年も昔になった2005年12月のチャンネル開局時には考えられなかった充実っぷり。同志諸君、時流は確実に我々に味方しておりますぞ!

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