- 2020.7.1
- コラム・キングダム
- 飯森盛良の吹替え考古学
“ふきカエ界のウィラード大尉”が、もし贈れたらそのうち贈るかもしれないNAM戦映画特集、の巻!
皆さん、自称“ふきカエ界のロイ・バッティー”飯森です。
ザ・シネマを脱藩し浪士となりて早2年、藩士だった頃と比べできることは限られ、いつか完全作動停止の日を迎える。でも「まだだ、 待て、まだだっ!」と手の平に釘をブっ通して意識を保ちながら寿命に挑み、何事かを成したい、そんな哀しきロイ・バッティーであります。
でも最近では、そこに在宅勤務までもが加わり、だんだん“ふきカエ界のウィラード大尉”と化しつつある今日この頃。NAM戦(ベトナム戦争のこと)映画の最高峰『地獄の黙示録』冒頭のね。
ドアーズの「ジ・エンド」が流れるサイゴンのホテル。ブラインド閉めきった薄暗い部屋で、昼日中から酒あおってグダグダしてるウィラード。
「サイゴンか…。チッキショ~。まだこんな所にいるのか。いつになったらジャングルで目を覚ますことができるんだ?
フッ、しかし、初めて休暇で国に帰った時は最悪だった。目が覚めてもうつろだった。1日も早く帰りたかったのに、故郷にいると、ジャングルでの戦闘が無性に恋しかった。
ここへきてもう1週間。ずーっと指令待ちだ、体がナマる。俺がここで腑抜けになっているあいだに、敵はジャングルでどんどん力をつけているんだ。
周りを見回すたびに、部屋の壁が俺に迫ってくる!」
(CV:堀勝之祐 訳:大野隆一 平成元年 木曜洋画劇場バージョン)
もはや、気分はこれ。1週間どころじゃなく2年!ということで、平成元年テレ東版『地獄の黙示録』、我が古巣のザ・シネマにて、絶賛お届け中!
これは凄いですよ? ウィラード大尉CV:堀勝之祐、キルゴア中佐CV:小林修、カーツ大佐CV:石田太郎ですから!
あとこの映画、脇役も一人残らず印象的なんですけど、米海軍PBR(パトロールボート、リヴァーの=河川哨戒艇)船長が玄田哲章。なのにその部下で17歳船員役の痩せてた頃のローレンス・フィッシュバーンには、まさかの二又一成!虎に襲われる元シェフの機関士に樋浦勉。そして終盤に出てくるデニス・ホッパーには富山敬と、まさに、全員がレジェンド!
ふきカエに限らずこの『地獄の黙示録』、原語版からしてNAM戦映画の最高傑作でして、改めて紹介するまでもないとは思いますがお約束なんで一応…。
カーツ大佐というイカれたグリーンベレーの将校が、軍籍を勝手に離脱しカンボジアのジャングル奥地に潜伏(米軍はベトナムで戦争しているので隣国カンボジアにこの時点ではまだ手出しできなかった。後にニクソンが手出したけど)。そこで現地民を洗脳しカルト教団の尊師のように崇められてるから、行って暗殺してこい!とCIAから違法な密命を受けるのが、主人公のウィラード米陸軍大尉です。
彼はMACV-SOGの要員。それは特殊部隊で、暗殺も主任務。殺しのプロであるウィラード大尉は、海軍さんのPBRに乗っけてもらい、目的地を黙ったまま(カンボジアに行くとは言えません。違法ですから!)闇の奥に奥にとボートで分け入って行くわけですが、行く先々で戦争でおかしくなった連中と出食わす。ラスボスのカーツ大佐は完全にイッちゃってるんですが、その手前で出てくる奴らも全員どうかしてて、しまいにはウィラード自身もおかしくなってくる、というNAM戦地獄めぐり。
これが『地獄の黙示録』の傑作たる所以。全登場人物がどんな脇役に至るまで異常にキャラ立ちしてるのも、それが理由。
そして、主役ウィラード大尉よりもラスボス カーツ大佐よりも誰よりも魅力的なのが、我らがキルゴア中佐殿であります!
何がそんなに魅力的なのか、もしご存知ない方がいたら、ザ・シネマで放送中のふきカエ版で、小林修さんのキルゴア中佐の狂いっぷりにヤラれちゃってください!
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そのキルゴア中佐のセリフ。有名な「朝嗅ぐナパームは格別だ!!」前のシーン、夜の浜辺で火を囲みバドワイザーでBBQを楽しんでる場面。我が部隊に不可能など無い!といったニュアンスで
「なんだと思ってる!俺たちは第一空軍騎兵隊だ!」
と言うんですが、細かいこと言うと空軍ではないですね。陸軍です。
ヘリコプター使った作戦(ヘリが着陸し乗ってる兵員が降りるとか、ホバリング中にロープでスルスル降りるとかの「ヘリボーン作戦」)やるのは、主に陸軍です。あとエアボーン作戦(空挺作戦。飛行機からパラシュートで降下するやつ)も。どっちも「空中機動作戦(エアモービル)」と言いますが、空軍のお仕事ではありません。
このセリフ、原語だと「ここはファースト・オブ・ナインスだ!エアキャヴだぜお前、エアモービルよ!」と、何言ってるか解らん軍事用語ばかり。
まず、「エアモービル」は空中機動作戦で、「エアキャヴ」とは、空の騎兵隊(キャヴァルリー)のこと。当時まだ新しかった「エアアサルト(空中強襲=ヘリボーンのこと)」戦術を採用した先進的なヘリ部隊が「空の騎兵隊」こと、黄色い馬の盾マークで有名な第1騎兵師団でした。その隷下部隊のひとつがThe First of the Ninthです。第9騎兵連隊 第1大隊のことで「1/9」と書きます。
つまり「お前らわかってる?俺たちゃ時代の最先端いく1/9よ?ナメんな?」と、ポンポン船みたいなのに乗ってる海軍さんとウィラードに向かってキルゴア中佐が自慢してる、というセリフです。「スパ~っと空をひとっ飛びできちゃうのよ僕らは。君らとは違うの。お分かり!?」って言いたい。おとな気ねぇなぁ…でもそこが好きなの♥
黄色い馬の盾マークの第1騎兵師団を描いた戦争映画としてはもう一本、そのマークのタイトルから始まる『ワンス・アンド・フォーエバー』という、メルギブを磯部勉さんがアテたNAM戦モノの佳作もありました。あれは、同じ第1騎兵師団の別の第7騎兵連隊 第1大隊(1/7)が、NAM戦における初の米軍vs北ベトナム軍正面衝突「イア・ドラン渓谷の戦い」で、超手こずる!という史実を描いてます。1/7大隊長がメルギブ(ハル・ムーア中佐という実在の指揮官役)で、1/9大隊長が我らがキルゴア中佐殿ね。
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いかん!NAM戦の話になると時が経つのも忘れてしまう!! 世代的にNAM戦映画で育ったもので。上の世代の人は戦争映画と言えば勧善懲悪の二次大戦モノでしょうが、ワタクシどもの世代は悲哀に満ちたNAM戦モノ。善悪の線引きが曖昧、ってか主人公サイドがむしろ悪寄りで主人公が葛藤する、というその深さが、ワタクシども幼少期1stガンダム→二十歳「エヴァ、襲来」世代のハートに刺さったんですなぁ。ついつい熱くなっちゃう!
ってなわけで担当者のモチベーションMAXにつき、『プラトーン』と『フルメタル・ジャケット』のふきカエ版も、実は手配しているところ。3本セットの特集放送を目下たくらんでます。
『プラトーン』は3年前、テレ東版を作られたダークボ大先輩から、実はバーンズとエリアスで山路和弘さんと森田順平さんの配役が当初は逆の予定だったという裏話をうかがって以来、ずっと木曜洋画版をやりたかったのですが、3年越しでようやく実現できるか!? というところ。これは、やれそうな手応えが。
一方の『フルメタル・ジャケット』。民放のオンエアが土壇場でお蔵入りになったという曰く付き物件で、四半世紀の時を経てワーナーさんの「吹替の力」ブランドがセルを出した快挙は記憶に新しい。そういう成り立ちの音源をTVでかけようとする場合、多くのハードルが予想されます。まず、過去のふきカエをTVで再放送する際のチャンネル負担は、関連業界間の話し合いで相場が決まってるのですが(詳しくは ココ)、このバージョンはキャストに斎藤晴彦さん利重剛さん岸谷五朗さんや村田雄浩さん、翻訳・演出が原田眞人監督と、ふきカエ業界外からスタッフキャストが起用された異色のふきカエ。通常の声優・外画制作業界の相場ではないかもしれない。しかも民放でお蔵入りになるほど放送禁止用語満載。そのままでは流せません。なので最小限ピーかけてもOKですか原田監督?&キューブリック監督(キュ~さんヴァルハラで激怒しそうだなぁ…)。と、前途は多難ですが、ロイ・バッティーとしては寿命がくる前に何事か成さねば!
目下鋭意手続き中!続報次回!
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長くなりすぎたけど最後にもうひとつ、「放送禁止用語」の話を出したついでに、それについて。
『地獄の黙示録』冒頭よりウィラード大尉のモノローグをもう一度。
「俺がここで腑抜けになっているあいだに、敵はジャングルでどんどん力をつけているんだ」
「敵」と言ってますが、原語では「チャーリー」と言ってまして、これ、いわゆる「ベトコン」のこと。
ベトコンとは、南ベトナム国の農民や市民で、共産国家の北にシンパシーを抱いたり、イデオロギーはともかく北と「あなたと、合体したい♥」と願ってるゲリラ戦士のことで、「VC」とも呼びます。ベトコン=チャーリー=VCね。
あ、若い人に言っとかねば。ベトナムって当時は朝鮮半島みたいな南北分断状態で、統一しようと北が南を攻撃し、アメリカが南を支援してたのね。
閑話休題。「ベトコン」は別に差別用語ではなく、「ヴェトナム共産」をただ「ヴェト共」と略してベトナム語で発音しただけ。それを英語でさらに「VC」と略し、さらに軍事用語でAアルファBブラボーCチャーリーと呼び替えるので(B中隊を「ブラボー中隊」とかね。無線で聞き間違えないようにね)、VCのCはチャーリーなので「チャーリー」と呼んでた、それだけの話なんですけどね。
ガチの差別用語としては、スパイク・リー監督のNetflix新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』の中に出てきます。ベトナム従軍経験のある爺さん4人組が、戦時中に見つけて隠してた軍の金塊を掘り起こしに、何十年かぶりに経済発展した今のベトナムに帰ってくる、という物語。川船でしつこく行商人にニワトリを売りつけられそうになった爺さんの一人が、つい口が滑って「グック野郎が!」と言ってしまうシーンがある。ふきカエでもそう言ってるんですが、これこそモロに差別用語ですね。後で別の仲間からグックはNGワードだろと叱られてますが、戦時中には言ってたんでしょう。「グック」「グーク」Gookが、ベトナム人、というかアジア人種を見下すガチの差別用語になります。
「ベトコン」はそうではないですし、これを差別用語扱いして外画制作業界で封印しちゃうと、問題が生じるのです。
例えば、南にいる親北ゲリラであるベトコンの他にも、北ベトナム国には独自の正規軍が当然ありましたけど、米軍のセリフを「敵」と言い代えてしまったら、どっちのことか区別がつかなくなる。この時代の理解に支障をきたすのと、さらには、映画を理解する上でも混乱をきたすのです。
『地獄の黙示録』で1/9がワーグナーの「ワルキューレの騎行」を爆音上映しながら襲撃するのはベトコンの村。『ワンス・アンド・フォーエバー』で1/7が戦う相手は正規軍。『プラトーン』の終盤で突撃してくる大軍も正規軍。でも中盤でバーンズ曹長らが虐殺事件を起こす村は、ベトコンの村だと疑われたから。その元ネタとなった史実、68年に米陸軍が起こしたソンミ村虐殺事件も、ベトコン村容疑をかけられたから。その1ヶ月半前の68年旧正月、南に浸透したベトコンは、南の各都市で一斉に同時多発テロを起こす「テト攻勢」を仕掛け、米軍と南の国軍(ARVN、アーヴン=ARmy of Viet Nam)に大損害を与え、これがNAM戦の転換点となりました。『フルメタル・ジャケット』後半ではそれが描かれます。テト攻勢の激戦地フエ市の市街戦がクライマックスなのですが(映画では描かれないけどゲリラ側が虐殺事件も起こした)、あそこに出てくる女スナイパーもベトコンです。こうしたNAM戦についての状況・歴史把握は、ベトコンと北ベトナム正規軍を正確に区別しないと、できません。
最近だと英語セリフの「ベトコン」を日本側で「NLF(ナショナル・リベレーション・フロント=民族解放戦線)」と正式名称に勝手に直しちゃうケースも散見されますが、英語セリフで明らかに「ベトコンの襲撃だー!」と言ってるのを「NLFの襲撃だー!」と強引に言い換えるのには、いくら英語のヒアリングができなくたってさすがに「ベトコンぐらい分かるよ馬鹿野郎!」と北野武ばりに物申したいです。ってかNFLとかNBAとか、スポーツみたいで変!
かつて言葉狩りをやりすぎだった時代、古い西部劇まで「インディアンの襲撃だー!」をふきカエや字幕で「アメリカ先住民の襲撃だー!」に修正していた過ちを、また繰り返すようで、いかがなものか!? と、個人的には感じております。インディアンぐらい分かるよ馬鹿野郎!
以上、個人の見解でした。所属する団体・部門・他の従業員の見解を代表するものではありません。ってかどっちみち一介の素浪人だけどね。
テロップで「当時の時代背景を考慮しそのままの表現で」等のお断りを本編前に出すか、せめて「ゲリラ」と呼び代えるかで、対処してくだい。業界の皆さん、お願いします。
『プラトーン』字幕放送中 © 1986 ORION PICTURES CORPORATION. All Rights Reserved
『フルメタル・ジャケット』字幕放送中 © Warner Bros. Entertainment Inc.