- 2018.10.1
- コラム・キングダム
- 吉田Dのオススメふきカエル
『思い出のふきカエ洋画劇場』
当コラムでは基本的に「映画館で見られる吹替え作品」をご紹介しているわけですが、毎年ネタに困るのが10月。夏休みとクリスマス・シーズンに挟まれて、吹替え版で公開されるような“ある程度の規模の作品”が少ない時期なのです。さてどうしようと公開スケジュールを調べていると…なんとその10月に、かつて自分が吹替え制作に関わったあの作品が劇場でリバイバル公開されるではありませんか。字幕版のみの公開ではありますが、ちょっと前に同じくリバイバルされたもう一本の作品と合わせて、今回はそんな昔話にしばしおつき合いください。
『遊星からの物体X』
監督:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル ウィルフォード・ブリムリー
発売元:キングレコード
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南極のアメリカの観測隊基地に現れた一匹の犬の正体は、10万年前に宇宙から飛来し氷の下で眠っていた生命体だった。生命体は接触した生物に同化する能力をもっており、次々と観測隊員に姿を変えていく。孤立した基地の中で、隊員たちは次第に相手が生命体に同化されているのではないかと疑心暗鬼に包まれていく…
※10/19よりリマスター版リバイバル公開(字幕版)
鬼才ジョン・カーペンター監督が1982年に放ったSFホラーの大傑作。南極基地のような閉鎖空間で凶悪な宇宙生物が次々と人間を襲う、というプロットはあの『エイリアン』を含めSFホラーの王道ですが、本作の魅力はなんといってもその宇宙生物の造形でした。「他の生物を取り込んで形を変えていく」とう設定そのままに、餌食となった犬やら人間やらをグチャグチャズルズルとゴッタ煮にしたような不定形生物。CGのない時代にあのクリーチャーを作り上げた新進気鋭のメイクアップ・アーティスト、ロブ・ボッティンの才能はまさに畏るべし、です。
そんな闇鍋みたいなシロモノが触手を振り回して大暴れするわけですから、当時の映画青年は狂喜乱舞。自分も公開時はもちろん、その後も名画座で上映されるたびに通い詰め、すっかりカーペンター監督の虜となった記念碑的作品なのでした。そして月日は流れ社会人となって入社二年目の秋、なんとフジテレビ様から本作の吹替え版の発注が来たのです。
当時はペーペーのアシスタントとはいえ、愛する作品の吹替え版に携われるなんて望外の喜び。いそいそと準備をして初回打ち合わせの日を迎えたのでした。メンバーは局の担当プロデューサー氏と弊社のディレクター、そして制作担当である自分の三人。ちょうど昼時だったため出前の焼肉弁当を広げつつ打ち合わせ開始、まずは映像を見ながらカット個所やキャスティングを決めるのですが、自分にとってはもう何度も見た作品です。「いま首がちぎれたでしょ、次はあそこから足が生えて歩くんですよ…ほら!」などと嬉々として解説しつつ弁当を頬張っていて、ふと気がつくとプロデューサーもディレクターも箸が止まってしまってます。そして一言「…君、よく食べられるねえ…」まあ確かにあのグチャグチャズルズルを見ながら焼肉を食えというのは一見さんにはキツかったのかもしれません。
もうひとつ、さすがに時効だと思うので白状しますと、隊員の一人を納谷悟朗さんが演じられています。途中で死んでしまう脇役になぜ納谷さんのような大御所かというと、実はこれ私のポカのせい。隊長のギャリー役は柳生博さんと納谷さんのお二人が候補に挙がって結局柳生さんに決まったのですが、私が納谷さんのスケジュールをバラし忘れてまして、あちゃー(汗)。マネージャーさんからの問い合わせでそれが発覚し、怒られるの覚悟で恐る恐る報告するとディレクター氏はあっさりと「いいよ別の役で使うから」…。津嘉山正種さんを始め納谷さんから柳生博さん、池田秀一さんまでがずらり揃った吹替え版オールスターキャストにはこんな“怪我の功名”があったのです。
今回のリバイバル公開は残念ながら字幕版のみですが、渾身のSFXはデジタルリマスターで細部まではっきりくっきり。もう一度劇場の大画面であのグチャグチャズルズルを堪能しましょう。
『ストリート・オブ・ファイヤー』
監督:ウォルター・ヒル
出演:マイケル・パレ ダイアン・レイン
発売元:ユニバーサル・ピクチャーズ
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ロック歌手のエレンがレイブン率いるストリートギャング「ボンバーズ」に誘拐された。知らせを受けて、エレンの元恋人で流れ者のトム・コーディが街に帰ってくる。トムは女兵士マッコイ、マネージャーのビリーとともにエレン救出に乗り出すことに。ショットガンを手に、レイブンのアジトを急襲するトムだったが…
そしてこちらの作品も学生時代に夢中になって観た、我が青春の一本。「主役のマイケル・パレが強そうに見えない」とか「ダイアン・レインの歌がどう聞いてもロックじゃない。そもそも口パクじゃん」とか「ボスのレイブンが着てる革のオーバーオールが魚河岸の兄ちゃんみたい」とかいろいろ言われてますが、あーもううるさいうるさいうるさい!カッコいいからいいの!(あ、でも魚河岸の兄ちゃんは確かに…)そしてこちらの発注も『物体X』のちょうど一年後、同じくフジテレビさんから。何でしょう、もしかしたら私は前世でフジテレビの大株主だったのかもしれません。
主役の声には池田秀一さんが決まりました。ぱっと見はあんまり強そうに見えないマイケル・パレには適役…と言ったら失礼になりますか、でも実にハマっていたのです。そして相棒の女兵士マッコイには戸田恵子さん。お、シャアとマチルダさん…というか、えー、これはもう皆さんご存知のように池田さんと戸田さんといえば当時はまあそういう御関係でありまして、さすがに私も思わず「これいいんですか?」と聞いちゃったんですが、ディレクター氏の答えは「そんなこと言ってたらキャスティングなんかできないだろう」でありまして…プロの世界を垣間見た気がしたのでした(大袈裟)
そしてこちらでも時効と思われる懺悔がありまして(またかよ)、ダイアン・レイン演じるエレン・エイムのライブシーン。歌は原音の英語をそのまま使うわけですが、その歌詞に字幕を入れるか否かを確認していなかったのです。無事に収録が終わりあとは完パケして納品…という段階でプロデューサー氏から「ところで歌は当然字幕入れますよね?」と確認が。あちゃー(一年ぶり二度目)となったのですが、翻訳者さんはもう次の仕事が入っていて今更お願いできない。でも自分はこの映画を劇場で何度も見てビデオも買って歌詞なんかソラで歌える…よし、やっちゃえ!と、自分で歌詞字幕を作ってしまいました。字幕版の翻訳をそのまま拝借するわけにはいきませんから、もう一度翻訳し直したのです。もちろんいま世に出ている本作のソフトにはキチンと戸田奈津子先生の字幕が入っていますのでご安心いただきたいのですが、当時オンエアーを見て「なんか下手くそな字幕だなあ」と思われた方、すみません。それ私です。
奇しくも本作はこの夏、やはりリバイバル公開がありました。中でも一晩だけ開催された「応援上映」には往時のファンがトムやエレンのコスプレで集まり、ライブシーンでは客席が総立ちの大合唱に。みんな五十代半ばのおっちゃんおばちゃんたちですが、みなさんそれぞれに思い入れがあるんですよね。これだから映画はやめられないのです。
【遊星からの物体X ファーストコンタクト Blu-ray】
35年ぶりに作られた『遊星からの物体X』前日譚。こちらも本家に負けずグチャグチャズル(しつこい)