「大人の男の振る舞い」を改めて学べる、名優たち・声優たちの演技対決──『ヒート 製作20周年記念版』
- 2017.3.10
●最新デジタル・リマスターであの“銃撃のシンフォニー”がよみがえった!
叫ぶか、黙るか。二人は出会った。いま高鳴る銃撃のシンフォニー!──なんとこの作品の本質を言い当てているフレーズなのか。1996年5月の日本公開時、ポスターを彩ったこの出色なコピー(当時配給を手掛けた日本ヘラルド映画による)を鮮明に覚えている人も多いはず。アル・パチーノとロバート・デ・ニーロ、アカデミー賞俳優にしてハリウッド映画界を代表する2人の名優が、追う者/追われる者として真っ正面から対峙し、製作総指揮を務めたTVシリーズ「マイアミ・バイス」と『ラスト・オブ・モヒカン』で名を上げたマイケル・マンが、独自の美学を持つヒット監督して飛躍した作品となった傑作クライム・アクション『ヒート』が、製作20周年を記念して、ブルーレイ『ヒート 製作20周年記念版<2枚組>』として、先日リリースされた。
「カッコイイとはこういうことか!」と唸らずにはいられない“男の振る舞い”を見せるパチーノとデ・ニーロの演技対決はもちろん、実弾の発砲音を使用し、残響にまで気が配られた凄まじい音響で繰り広げられるクライマックス(しかしまだ物語の中盤!)の銃撃戦は、今もなお映画ファンの語り草。今回のソフト化にあたっては、マン監督自身が監修してデジタル・リマスター化を敢行。格段に高まった臨場感で、街中で展開する強盗団と警官隊の攻防、“銃撃のシンフォニー”と呼ぶに相応しい名アクション・シーンがよみがえっているのだ。
●吹替ファンにとっての目玉は「日曜洋画劇場」版日本語吹替音声の収録だが……
さて、吹替ファン的に注目すべきなのは、収録される日本語吹替音声のバージョンと、その声の出演者だが、今作では従来のソフト版(1996年のVHSソフトリリースに合わせて収録)に加え、1998年に地上波初放送された「テレビ朝日『日曜洋画劇場』版」日本語吹替音声が初収録……とここまで書いていて、かなり残念なお知らせが耳に入ってきてしまった。今年2017年4月の番組改編で、「日曜洋画劇場」が完全消滅することが明らかになってしまったのだ。
50年の歴史を持ち、故・淀川長治氏の名解説と「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」のお馴染みの締め言葉とともに、少年少女が映画ファンとなるきっかけであり、大人の映画好きたちが新作を待ち望む場でもあった「日曜洋画劇場」。テレビの洋画劇場の歴史が、またひとつ終わることになる。淀川氏が解説を退いたのは、89歳でこの世を去った1998年11月15日放送の『ラストマン・スタンディング』。今作『ヒート』が放送されたのも同じ1998年、4月12日だった。
●デ・ニーロ VS パチーノのバランスが肝──テレ朝版は津嘉山正種&山路和弘のキャスティング
閑話休題。本題に戻ろう。
本作でのデ・ニーロは、プロの強盗団の冷静沈着なリーダー、ニール・マッコーリー役。対するアル・パチーノは、ニールたちを執念で追うロサンゼルス市警の警部ヴィンセント・ハナを演じる。「何かトラブルが起こったら、すべてを捨てて30秒で高飛びする」を信条にするニールと、家庭を顧みず仕事に没頭するヴィンセント。2人は攻防を繰り広げるなかで、プロに徹した生き方を互いに認め合い、好敵手として好意にも似た不思議な感情を抱いていくようになる。
劇中の台詞で「コインの表と裏」と表現される通り、同じ実力を持ちながらも対極にあるニールとヴィンセント役として、オスカー俳優としてのプライドとキャリアを相当意識し合ったに違いないデ・ニーロとパチーノの競演に目を見張る。2時間50分という長尺ながら、2人が正面を向いて同じ画面に収まっているカットが1つもない(!)のは、2人の緊張した関係の象徴と言えるだろう(公開当時、「2人は実は同じ場所にいなかったのでは?」という疑問が囁かれたが、メイキング写真の発表や監督の談話によって、これは都市伝説だったことが判明している)。
吹替版においても、この2人のパワー・バランスが肝。「日曜洋画劇場」版では数々の作品でデ・ニーロの吹替を担当してきた津嘉山正種(ケビン・コスナー、リーアム・ニーソンの吹替でも知られる)がキャスティングされ、パチーノは、トミー・リー・ジョーンズ、ジャン・レノの吹替でお馴染みの菅生隆之が担当した。『インソムニア』(テレビ朝日版)、『エニイ・ギブン・サンデー』(日本テレビ版)ほかでもパチーノ役を務めた菅生だが、初めて担当したのはこの『ヒート』。蜷川幸雄演出の『NINAGAWA マクベス』など、同じ舞台を踏んだ経験を持つ2人により、“静”のニール(デ・ニーロ)、“動”のヴィンセント(パチーノ)の対決が表現されている。
ニールの部下クリス役のヴァル・キルマーを担当したのは、山路和弘。同じく部下マイケル役のトム・サイズモアには大塚明夫、ヤマ(仕事)の手配師ネイトを演じたジョン・ヴォイトには故・小林勝彦、ヴィンセントの義娘ローレン役ナタリー・ポートマンには、坂本真綾が配されている。
<声の出演:テレビ朝日「日曜洋画劇場」版>
・津嘉山正種(ロバート・デ・ニーロ)
ケビン・コスナーのフィックスとして知られるほか、数々の作品でリーアム・ニーソン、リチャード・ギアの吹替を担当。『タクシードライバー』(TBS版)、『エンゼル・ハート』(フジテレビ版)、『カジノ』『ザ・ファン』等でもデ・ニーロ役を多く務めてきた。1964年に劇団青年座に入団し、70年頃から声優としても活動を開始。1980年に蜷川幸雄演出、平幹二朗主演の『NINAGAWA マクベス』に出演し注目を集めた。近年はNHK大河ドラマ「八重の桜」、映画『ちはやふる』等にも出演。精力的に活動を続けている。
・菅生隆之(アル・パチーノ)
サントリーの缶コーヒー「BOSS」CMのトミー・リー・ジョーンズの吹替で、お茶の間でもお馴染みの実力派(ジョーンズ主演作では、『逃亡者』『ボルケーノ』『リンカーン』等を担当)。『レオン』(テレビ朝日版)、『GODZILLA』(ソフト版)、『クリムゾン・リバー』ほか、ジャン・レノのフィックスとしても知られている。パチーノ役は本作のほか、『エニイ・ギブン・サンデー』(日本テレビ版)等でも。1972年に文学座の座員に。以降現在に至るまで、舞台やドラマなどの出演のほか、声優としても活躍している。
・山路和弘(ヴァル・キルマー)
ジェイソン・ステイサムのフィクスのほか、『X-MEN』シリーズ、『チャッピー』などヒュー・ジャックマン作品の多くを担当していることでも知られる。1979年に劇団青年座に入団し、俳優として幅広く活躍する一方、声優として多くの洋画吹替を担当している。演じてきた俳優は、ウィレム・デフォー、クリストフ・ヴァルツ、ケビン・ベーコン、ラッセル・クロウなどなど。『ゴッドファーザー』シリーズ、『スカーフェイス』の新録版等、近年の作品でアル・パチーノの吹替も務めている。
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●ソフト版も実力派が集結! 津嘉山 VS 青野武の際立つ対比に要注目
一方の「ソフト版」日本語吹替音声も、“静”と“動”の主役2人の攻防が見もの(聴きもの)。デ・ニーロには「日曜洋画劇場」版と同じく津嘉山正種がキャスティングされているが、一方のパチーノには、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのクリストファー・ロイドや、ジョー・ペシ、ダニー・デヴィートほか、コメディを得意とする俳優の吹替で知られる故・青野武が配役。パチーノのイメージを覆すような意外なキャスティングだが、青野の演技がエキセントリックで情熱的なヴィンセントのキャラクターに見事にハマり、冷静沈着なニールとの対比がさらに浮き彫りになっている。
ヴァル・キルマーを担当したのは大塚芳忠。牛山茂がトム・サイズモア役を務め、ジョン・ヴォイトは中庸助、さらにはヴィンセントの妻を演じたダイアン・ヴェノーラを高島雅羅、ニールが惚れるイーディ役のエイミー・ブレネマンを土井美加が演じるなど、こちらの吹替版も実力派が集結。納谷六朗(ウィリアム・フィクナー役)、故・川上とも子(ナタリー・ポートマン)、森川智之(リッキー・ハリス)にも注目したい。
<声の出演:ソフト版>
・津嘉山正種(ロバート・デ・ニーロ)
・青野武(アル・パチーノ)
クリストファー・ロイド(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ)、ジョー・ペシ(『ホーム・アローン』『リーサル・ウェポン』シリーズ)らのコミカルな演技で映画ファンを楽しませたほか、『ハリー・ポッター』シリーズのアーガス・フィルチ(デイビッド・ブラッドリー)の吹替でも知られる。1950年代の吹替黎明期から活躍し、「宇宙戦艦ヤマト」の真田志郎や「ちびまる子ちゃん」のさくら友蔵役でも人気を博したが、2012年4月にこの世を去った。
・大塚芳忠(ヴァル・キルマー)
ジャン=クロード・ヴァン・ダムのフィックスのほか、ジェフ・ゴールドブラム、レイ・リオッタ、香港出演作でのドニー・イェンの吹替を担当。『アンタッチャブル』『ウォーターワールド』『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』のソフト版でケビン・コスナー役を務めたほか、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのアラゴルン役(ヴィゴ・モーテンセン)でも知られている。アルバイト先でテレビ局の外画プロデューサーと知り合ったことをきっかけに1980年代にキャリアをスタート。アニメ、ナレーションでも活躍中。
・牛山茂(トム・サイズモア)
ビル・パクストン(テレビ朝日版『エイリアン2』、フジテレビ版『トゥルーライズ』、テレビ朝日版『バーティカル・リミット』ほか)やウィリアム・フィクナー(『パーフェクト ストーム』『ブラックホーク・ダウン』『Mr.&Mrs. スミス』のソフト版ほか)に加え、『不思議の国のアリス』や『ダンボ』等のディズニー作品で、多くのキャラクターを演じている。『ヒート』のソフト版吹替ではサイズモアを担当したが、「日曜洋画劇場」版の方では、持ち役であるフィクナーの吹替を務めている。