- 2020.9.1
- コラム・キングダム
- 飯森盛良の吹替え考古学
『フルメタル・ジャケット』ふきカエ放送お流れに→こちトラ自腹じゃブルーレイふきカエレビュー、の巻!
皆さんに残念なお知らせとお詫びが。前回、ふきカエ版放送できるかトライしてみる、と言っていた『地獄の黙示録』と『プラトーン』の木曜洋画版、『フルメタル・ジャケット』お蔵入り版のロイヤルストレートフラッシュ、揃えるのに…失敗しました!『フルメタル・ジャケット』だけ欠けた!
これは「吹替の力」使用限定(つまりBD収録)として承認された音源なので、放送用途では提供できない、との権利者からの回答が。残念!!
ふきカエ版をザ・シネマなりのチャンネルが作った場合、権利期間が終わったら、そのテープなりは原権利者(映画会社)に返却というか献上します。自分で作ってもチャンネルに権利は来ない。人様からの借り物なので。
なので例えば、ワタクシが『プロメテウス』とか『LIFE!』とか『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とかの新録ふきカエを作り、それを「他のチャンネルには絶対使わせない、テープ貸し出さない」なんて言うことは、できません。ってか前二者はすでにFOXさん(今後なんとお呼びすれば…)に、後者はワーナーさんに、テープを返却というか献上しており、それを別のメディアが使う際にこちらは一々了承を求められません。だってウチの物じゃないので。あちら様の物だから。テープもFOXさんやワーナーさんから、やりたいと希望してるところに貸し出されます。とっくにウチの手は離れてる。
これ、批判してませんよ?誉めてます。ワタクシが往年のふきカエ名盤を発掘放送できているのも、この素晴らしい制度のおかげ。
むしろ批判したいのはこれ→どうしても別メディアで使用させたくない場合(ウチに加入しないと見れませんよ〜、と売りにしたい、とかの理由で)、方法としては、制作費を全額ウチで出してはおくけれども、別のところが放送する時点で、かかった制作費の半額そこに請求する、という契約を組んでおく手があります。これやられたら「うちオリジナルって打ち出しもできないふきカエに、そんな大金かけられるか!」と、断念となる。
この手、ウチでは使いません。だって、このオレ様の偉業が、たった数回放送しただけでお終い、二度と日の目を見ない、なんて、最悪じゃないですか!どんどんお使いいただきたい。
しかし今回は、権利者様の方でのご判断。権利者が「この音源は使わせたくない」と判断することは、わざわざ半額請求なんて手を使わなくてもできちゃう。だって作品の持ち主なんだから、Noと言う権利がある。
余談ですが、昔、某映画の新録ふきカエを作ろうとし、劇場公開時に権利者(映画会社)が作った芸能人キャストとは別のプロ声優キャストでやろうとして、権利者に断られたことがありました。その映画の続編公開が決定しており、前作と同じ芸能人ふきカエで続編もまた作るつもりなので、それとは別のキャストで前作を新録され続編の公開時期と重なったら困ると。まぁ、そりゃそうでしょうな。きっと前作新録が過去すでに作られていたとしても、続編公開時にそっちがTVにかからないようテープは出庫しない、と権利者さんの立場ならするでしょうね。TVと劇場で声が違うという事態が新作公開時期に発生するのを避けるために。ネット上で比較されて変に芸能人さんが悪く言われたりしたらマズいですから。
と、いうことで、今回の具体的なNG理由まではこちらではわかりませんが、『フルメタル・ジャケット』は、BD専用ということで、放送ならず!
仕方ないからやりますか、こちトラ自腹じゃリポート!脱藩浪士となる前は経費で落ちましたが、希望小売価格5,790円+税、今や自腹ですよ!「吹替の力」公式サイトで「お蔵入りとなっていた禁断の日本語吹替」と謳われ、「1991年10月23日に水曜ロードショーでの放送が予定されていたが、直前になって『ダーティハリー5』に差し替えられ、それ以降地上波での放送は無く、ソフト発売もなかった幻の日本語吹替」と紹介されている、いわく付き物件を、ワタクシも初見ですが、ブルーレイ再生してみましょう!
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いま見終わりました!こちトラ自腹じゃ感想としては…の前にまずは大前提。このベトナム戦争映画、前半の舞台は海兵隊ブートキャンプで、すっさまじい罵詈雑言が訓練教官からプラトーンの新兵たちに浴びせられ続け、人格を否定され続けます。で、二等兵たちは攻撃的なマチズモに洗脳されていく。その過程で、メンタル崩壊しちゃう奴も出てくる。要は、度を越した言葉の暴力とそれに起因する心の荒廃こそが映画のテーマそのものなのです。
この暴言、当初の字幕版日本語訳に、完璧主義者キューブリック監督本人が「言葉の汚さが再現されてない」とNGを出し、映画監督の原田眞人さんに改めて白羽の矢が立って、英語の罵りやスラングを日本語に移し替えていく作業をキューブリックに逐一確認をとりながらやり遂げたのでした。詳しくは 「吹替の力」公式サイト原田監督インタビュー をご熟読ください。
さて。でいよいよ、こちトラ自腹じゃ感想ですが、覚悟していたよりはマイルド。
いや、もしウチでの放送がOKだった場合に一番恐れていたのが、“マのつく三文字”が乱発されてたりしたら、これはそのまんまは放送できませんのでピー音だらけにするしかないなぁ、客や原田監督から怒られたらどうしよう、という懸念だったのですけど、“マのつく三文字”は無かった。そこは「プッシーちゃん」なる珍語が使われていた。あと「ザーメン小僧」「ザーメン袋」なる珍語も多用されますが、これならば、まぁCS放送ならギリOKかな。放送を組む時間はさすがに考えたでしょうね。ド深夜限定とか。ただ、地上波ではマズいんじゃないでしょうか。
よくこんなの水曜ロードショーで流そうとしたな!あ、水曜ロードといってもTBSの方のやつで、宮島秀司さんという、当時は「何者!?」と思ってた人(邦画のプロデューサーの人です)が解説者として出てきて「22時××分頃にこれこれこういう必見のシーンが出てきます」とか語っていた、バブル期の映画番組ですね。普通に夜9時からやってたやつですよ。無茶だろう!
声のキャストの印象なんですが、ハートマン軍曹(リー・アーメイ)の斎藤晴彦さんは、字幕版の、ただガナり立てるだけのパワハラじじいとはちょっと印象が変わって、どこか温かみもある、なんか、厳しいんだけど懐きたくなるガナリおやじ、って好印象でした。だからあのトイレでの展開は“逆恨み”に見えます。
主人公ジョーカー(マシュー・モディーン)の利重剛さんは、朴訥さが強まり、主役として要所要所でモノローグも聞かせますが、どこか冷めて達観している地獄の観察者としてのキャラが強調され、作品本来の味わいを見事に増幅させていますね。
で、微笑みデブ(ヴィンセント・ドノフリオ)役の村田雄浩さん。トロい最初のうちは、もう見ているこっちまでイラつくぐらい日本語でもトロい喋り方なんですが、フォースの覚醒後、『シャイニング』のニコルソン形相に変わってからの豹変っぷりがヤバい!往年の、俳優さんが声優業も兼業していた頃の「演技力のある声の芝居」で、鳥肌モンです。この91年頃は外画ふきカエもだいぶアニメっぽい声の出し方になり、実写洋画の登場人物もアニメキャラっぽい重量感になった、それがワタクシ世代だったのですが、逆に一時代前の、70年代とかの「演技力のある声の芝居」に接すると「おおおっ!」と、“今”とは違う重厚感・本物感に痺れたものです。91年にリアルタイムで見ていたら、この村田さんの演技もそう感じていたと思います。
余談ですが、今では完全に逆転して日本ではアニメの影響が大きくなりすぎ、声優をやったことがない実写の俳優さんがドラマや映画でもアニメみたいな芝居や声出しをされるので、そこらへんは改めていった方がいいと個人的には感じてます。実写とアニメは異なる良さを持つ全く違った表現物なので、演技のメソッドも変えてくれないと、変。
最後に。意外や、個人的に一番感心したのが、後半が始まってすぐ、サイゴンの売春婦にジョーカーが誘われるシーンでした。この売春婦の話す言葉が、“東南アジアなまりの片言の日本語ふきカエ”で、完璧なんです!ふきカエで外国語なまり、しかも東南アジアなまりなんて、表現するのブークー難しいと思うのですが、それを技術的に達成していることに、ブークー感心しました。
以上、こちトラ自腹じゃリポートを終わります。結論として、ウチで放送できなくなって結果的には良かったのかも。「プッシーちゃん」に「ザーメン袋」…ちょっとTV放映には向きませんな、やはり。BDを買っちゃった方がいい。ブークーお薦めネ❤️ 字幕版は10月にまたザ・シネマで再放送するんで、そちらでご覧ください。
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